川口英俊のブログ/一覧

川口英俊のブログ




2011年04月21日(Thu)▲ページの先頭へ
東日本大震災・被災地入り・ご報告・1-43
この度はご仏縁に支えられまして、被災地入りでの震災犠牲者皆様方の追悼慰霊御供養のお勤めを勤めさせて頂くことができました。誠に感謝致しております。ありがとうございました。

また、皆様からは様々に温かいお言葉、ねぎらいのお言葉をツイッター、メールにて頂戴致しまして、心から感謝致しております。とにかく、まだまだの未熟者、あまりにも無力ではございますが、更に精進努力して、少しずつでもできることからと存じております。どうぞこれからも宜しくお願い申し上げます。

帰山後、当山ご本尊様に今回の震災犠牲者追悼慰霊御供養のご報告。

改めまして、犠牲者の皆様方のご冥福とご不明者の皆様方の早期のご発見があることを願い、いち早いご復興を祈願申し上げさせて頂きました。合掌。

ご報告後、寺務、今回の被災地入りの件の総括などして過ごす。

・・

東日本大震災 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

被災地入り・ご報告・1-43

1 東日本大震災犠牲者追悼慰霊御供養、塩釜市、仙台市若林区、岩沼市におきまして、行脚のお勤めをさせて頂きました。暴風雨でかなり寒かったですが、まだ手つかずのそのままの凄惨な状況に思わずしばらく絶句してしまいました…

2 行脚御供養におきましては、まだ安否ご不明の方も大勢いらっしゃいます中でもあり、とにかくいち早くのご発見も願いながら、この寒く冷たい中で待っておられるのかと、切なく胸にこみあげてくるものがございました…

3 行脚御供養の途中では、ご不明の御身内を御探しなのか、凄惨な現場を遠い目で見ておられる方もいらっしゃいました…http://t.co/CueCjeI



4 また、ご遺体安置所、グランディ21と旧仙台空港ボウルの二ヶ所をご慰問、前者は中にてお線香を上げさせて頂きましてから、外から迷惑にならないように御供養、後者では中の傍にて御供養お勤めをさせて頂きました。どちらも丁寧なる対応を頂きました。

5 両ご遺体安置所共にご確認に訪れておられたご遺族の方々がいらっしゃり、旧仙台空港ボウルでは失礼にならないように丁寧に誦経、回向をお勤めさせて頂きました。悲しみのご対面、すすり泣くお声が静かな場内に響いておりました…

6 途中、塩釜市での行脚御供養の次に仙台市若林区に向かうまでに、松島の臨済宗・瑞巌寺へと立ち寄り、ご本尊・聖観世音菩薩様御前にて、般若心経、観音経世尊偈、大悲心陀羅尼、消災呪誦経、回向、震災犠牲者追悼慰霊御供養をお勤めさせて頂きました。

7 今回の追悼慰霊御供養行脚の合間には被災寺院様二ヶ寺にお寄りさせて頂きまして、個別的支援協力の連携についてお話をさせて頂きました。宗教法人・みんなの寺さん http://t.co/U0zdoHq のところにもお寄りさせて頂きました。

8 グランディ21ご遺体安置所では、ご案内の方が、ようやく随分と少なくなりました…とポツリ。最初に間違えて裏口にお伺いしてしまい、消防・警察、検死官の方々とお会いし、皆一様にかなりお疲れのご様子…本当にご苦労様でございます。

9 行脚慰霊御供養をお勤めさせて頂きました宮城県塩竈市で撮影。まだ信号機も復旧しておらず、警察官が交差点ごとに誘導をされていました。http://t.co/9F3Ufto



10 行脚御供養で訪れた宮城県塩竈市内でもう一枚撮影。道路上に横たわる小型船。津波の脅威を思います… http://t.co/Q4Cw1Cg



11 行脚慰霊御供養で訪れた宮城県仙台市若林区で。まだ手つかずの状況にしばらく絶句… http://t.co/VGuyAGo



12 行脚慰霊御供養の途中、宮城県仙台市若林区にて。警察官による立ち入り禁止制限も続いていました… http://t.co/aWXBEEs



13 行脚慰霊御供養の途中、宮城県仙台市若林区にて。道路も至る所に陥没、隆起があり、危険でした… http://t.co/Gu1S5w8



14 行脚慰霊御供養の途中、宮城県仙台市若林区にて。http://t.co/Eiqbq4w http://t.co/XpEXW2u



15 行脚慰霊御供養の途中、宮城県仙台市若林区にて。徐々に風雨が強くなり、かなり寒くなりました… http://t.co/8EXtkuQ



16 自衛隊災害派遣の車両、民間救援車両といくつもすれ違った。ご苦労様です。宜しくお願い致しますと、心から感謝でした。http://t.co/fMS7owZ



17 行脚慰霊御供養で訪れた宮城県岩沼市、途中仙台空港付近では、スクラップ状態の車両が何千台と積み重ねられており、被害の凄惨さを更に実感した...車に乗りながら津波に襲われて逃げ遅れた人がかなり多かったと伺った...

18 東日本大震災犠牲者追悼慰霊御供養、行脚にての網代傘と慰霊幡。暴風で何度も飛びそうになり、濡れてしわくちゃに… http://t.co/Zdyvs0I



19 ご遺体安置所での御供養、行脚慰霊の御供養をお勤めさせて頂く中、改めまして、「諸行無常・諸法無我・諸法空性(・一切皆空)・一切皆苦」の現実を真摯に直視・・・残酷で、つらく、惨く、悲しく、苦しい・・この度の震災の厳しい現実でした・・

20 あらゆるものには、実体がなく、無自性で、空であり、永久永遠に、独立して、固定して、単独で成り立っているものなどない・・凄惨な現地の光景を目の当たりにし、無常・無我・空の風がこの世に吹き渡っていることを改めて実感致しました・・

21 この度の被災地慰問におきましては、避難所にお寄りすることができなかったのが少し心残りでございました・・僧衣では、色々とご心情を害することになるとも判断させて頂きましたので、あえてお寄りすることは辞めさせて頂きました。

22 道々の軒先では、「頑張ろう東北」・「くじけずにきっと復興します。塩竃市」・「救援、支援、皆さんありがとうございます。頑張ります」などの垂れ幕・横幕を多く見ました。復興へ向けての熱い想いを知ることもでき、少し安堵致しました。

23 被災地では、懸命の自衛隊・消防・警察・民間の様々な皆様による支援、協力、連携も伺えて、復興へ向けた被災地の人々の熱い想いも知ることができ、「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」の「縁起」の世界のありようも垣間見ることができました。

24 今回、被災状況を目の当たりにし、本格的な復興へはまだまだ時間、資金、資材、人材を要するところがあると実感致しました。全国から、何かできることでそれぞれがやれる支援・協力の必要性を改めて思いました。

25 また、遠方の方も近郊の方も、被災地へと赴かれる方におかれましては、被災地の経済復興のために、できるだけ被災地でお金を使い、お金を落していくことも支援の一つであると思いました。不謹慎かとも思いましたが、お土産を買って帰りました。

26 やはり、実際に被災地に立たないと分からないことも多くありました。賛否両論ありますが、あくまでも邪魔・迷惑にならないように気を付け、現地に赴くことの大切さを思います。支援・協力への取り組み姿勢にも少なからず良い効果があるように存じます。

27 震災犠牲者慰霊御供養、ご法務・作務にご余裕が少しでもあられますご僧侶皆様方におかれましては、できうる限りにおいて現地へ赴かれましての御供養お勤めを誠に僭越、失礼なることとは重々にも承知の上ながら、お勧め申し上げる次第でございます。

28 震災犠牲者追悼御供養の慰霊幡、帰山後にお焚き上げして御供養とも存じましたが、できましたら被災地を行脚御供養なされる方へ御供養の想いを繋げる意味においてお渡しすることができればとも存じております。

29 震災犠牲者追悼御供養の慰霊幡、御供養の想いを繋げて頂ける方にお譲りさせて頂ければとも存じております。誠に綺麗とはとても言えない拙い字でございまして、大変に申し訳なく存じますが...

30 拙僧の震災犠牲者追悼御供養の慰霊幡、もしもご希望の方がいらっしゃいましたら、DMの方にお名前、ご住所、ご所属、ご希望動機などお知らせ下さいませ。おってご返信させて頂きます。

31 震災犠牲者追悼御供養の慰霊幡、しばらくご希望の無い場合でも、次回の被災地慰問の際の行脚御供養にてもご掲揚させて頂こうと存じておりますので、しかるべきところにて保管致しておきます。

32 ご報告6で触れさせて頂きました松島の臨済宗・瑞巌寺様。ご本尊・聖観世音菩薩様御前にて震災犠牲者追悼慰霊御供養をお勤めさせて頂きましたが、後で知るところ、実は特別公開中であり、誠にご仏縁に感謝でございました。合掌。

33(こぼれ話) 仙台市へと向かう途上の19日早朝、高速バスが福島県通過中、緊急地震速報が乗車客の各携帯から一斉に車内に鳴り響いた時は、正直、かなり緊張しました・・恐怖を覚えましたね・・

34(こぼれ話)とにかく18日19時半から約12時間かけて、19日早朝に仙台駅着、夕方18時まで被災地各所を廻らせて頂きまして、仙台駅・19時半からまた12時間かけて大阪駅着まで、かなりの強行軍でございました・・

35(こぼれ話)緊張と寝不足で、事故ることはないか、失敗はないかと心配でしたが何とか大丈夫でした。御仏のご加護の御陰様があったのかもしれません。もしも皆様方の中で遠方より被災地入りなされる場合は余裕をある程度持たれた方が良いと存じます。

36 宮城県より帰山後、当寺院のご本尊様に今回の震災犠牲者追悼慰霊御供養のご報告。改めまして、犠牲者の皆様方のご冥福とご不明者の皆様方の早期のご発見があることを願い、いち早いご復興を祈願申し上げさせて頂きました。

37 これからの支援へ向けた方策としては、長期的には間接的な支援、短・中期的には個別具体的な支援が求められていると思いました。より的確な支援を効果的に行うためには、まず情報収集、支援ニーズの把握が重要であると考えております。

38 支援のための情報収集、支援ニーズの把握においては、このツイッターの活用も大きな役割を担うものであると考えております。被災地、避難所の皆様方には、色々と余裕ができ次第にでも色々とまさにつぶやいて頂くことができれば良いとも存じております。

39 思い・想いや考えは、表現・行動が伴わなければ、誰にも伝わらず、形にすることはできません。どんなに思い、考えていても表現・行動が無ければ、何もない無いのと同様であります。そういえば、ACの広告でも同様の内容のものがありましたね。

40 「諸法無我(空)」なるこの世界では、確かに何にも実体は無く、「有に非ず」ではありますが、一方においては、「縁起」によって成り立っている世界でもあり、「無に非ず」でもあります。この世界は様々な関係性に縁ってこそ起っている世界であります。

41 様々な関係性の中にあってこそ、私たちは生かされて存在することができます。確かに被災地では、無常・無我・空の風がこの世に吹き渡っていることを強く実感致しましたが、一方で、「縁起」という関係性の世界も強く実感することができました。

42 この「縁起」なる関係性の世界の中で、様々な人たちによるこの度の震災におけることでの支援、協力、連携での「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」の和・輪・環の広がりに「希望」を見いだすこともできると改めて実感致しました。

43 この「縁起」なる大いなる関係性の世界で強く生きていくためにも、是非にも、被災地・避難所の皆様方におかれましては、色々と我慢せずに、独りで悲しみ、苦しみに忍耐せずに、声を上げて助けを求めてほしいと、心から切に願う次第でございます。

更に続く予定・・

光琳寺・井上広法師様に被災地入り・ご報告ツイートをおまとめ頂きましたTogetter。
http://togetter.com/li/126127

・・

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福を心からお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

3/11・東日本大地震発生時より#buddhajihiのハッシュタグを利用して収集させて頂いて参りました「仏教・寺院・僧侶による支援の情報」の全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

http://twilog.org/hide1125

http://twilog.org/hide1125/hashtags-buddhajihi

・・

他、これまでの考察シリーズは下記をご参照下さいませ。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives


2011年04月16日(Sat)▲ページの先頭へ
4月19日・被災地入り予定
東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

川口英俊のツイッターログ
http://twilog.org/hide1125

何とか今月中の被災地入りをと考えておりました中、19日早朝に宮城県仙台市入りさせて頂くこととなりました。第一は、今後の個別具体的復興支援の情報収集のために連携協定予定団体・施設、被災寺院への訪問を予定させて頂いております。

第二には、震災犠牲者の皆様方の追悼慰霊鎮魂御供養の行脚、そして、第三には、ご遺体安置所を慰問させて頂きましての御供養お勤めを予定させて頂いております。

今回の被災地入りにおいてできることは、あまりにも無力で申し訳なく存じております・・これからの個別具体的復興支援・協力に向けた第一歩と心得ております。被災地の現実と真摯に向き合って参りたいと存じております。

とにかく、被災地入りにおきましては、皆様方のご迷惑、足手まといとならぬように心掛け、色々とご心情にも留意致しまして、注意して行動して参りたいと存じております。何卒、どうかご理解の程を宜しくお願い申し上げます。

川口英俊拝

・・

【小池龍之介師 宗派離脱・単立寺院化】ツイッターコメント投稿・1-14

@話題性のあることについて久しぶりに考察して参りたいと考えております。斬新な姿勢にて寺院の改革的取り組み、坐禅指導・執筆活動を進めておられる小池師。宗派離脱・単立寺院化の経緯は、サイト上 http://iede.cc/s/ に記されている。

A私見ながら、今後、このような形にて単立寺院化していく大志ある僧侶・寺院が増えていくであろうことを予測している。尊敬する大法輪寺・田口学法師もその先達のお一人だ。

B様々な既得権益に縛られ、保身的・利己的なところに陥って、本来の仏教・寺院・僧侶のあり方からかけ離れてしまっているところが否めないのが、日本仏教界の抱えている現実であり、課題でもあります。

Cこのあたりのことについては、最近、3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」における関連のツイートにおいて、多少なりとも触れさせて頂いている。その投稿内容は、次のURLにある。

D「クロ現・岐路に立つお寺」関連ツイート内容1〜59 http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51982661.html

E「クロ現・岐路に立つお寺」関連ツイート内容6〜11、29〜41などが特にそうであります。 http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51982661.html

Fとにかく、今の現代日本仏教においては、今一度、何が真なる仏教であるのかについて、真摯に考究して取り組む意識・姿勢が少なからず必要となっており、その意識・姿勢を小池師は体現なされたとみております。

Gやはり、仏教に真摯に携わろうとするのであれば、なるべく携わる前に「真なる仏教とは何であるのか」について、できるだけ慎重にできれば中立的視点・多角的視点から十分に学びを進めておかなければならないでしょう。 

Hまた、各宗派においては、開かれた宗門を目指すのであれば、護教的に閉鎖的・閉塞に陥らずに対話・議論の場を設け、お釈迦様の真なる教えとは何かを徹底して考究していく機会を大切にしていくべきでありますでしょう。

I宗派を離脱し、単立として先駆的活動を展開されている寺院としては、この度の東日本大震災で自身も被災されておられる中であっても寺院を開放し、被災者の入居者募集もされている宗教法人「みんなの寺」も特筆に値するでしょう。

J宗教法人「みんなの寺」 http://www.mintera.info/ もちろん、色々とあるだろうが、坊守・天野和公さんのブログ絵日記はほのぼのと楽しい。http://mintera.blog63.fc2.com/ @amanowako

Kまた、「みんなの寺」 坊守・天野和公さんは、ツイッターでも積極的に情報発信なされておられる。@amanowako 今後も活動に注目していきたいお寺の一つである。宗教法人「みんなの寺」 http://www.mintera.info/

L少し偏見かもしれないですが、現代日本仏教における改革論者には、上座部仏教、あるいはチベット仏教(特に中観哲学)の学びを真摯に進めている方が結構多いように思われます。仏教原点回帰を目指すヒントが、それらに多くあるからであると考えられます。

Mまた、それらの方々には、日本仏教の前途を憂い、問題意識を高く持っておられる方も多いように存じます。何事も多角的・俯瞰的視点から比較検討して批判的検証を加えていくことは、堕落・腐敗・退廃・閉塞を避けるためにも大切なことであります。

更に続く予定・・

・・

東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福を心からお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

3/11・東日本大地震発生時より#buddhajihiのハッシュタグを利用して収集させて頂いて参りました「仏教・寺院・僧侶による支援の情報」の全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

http://twilog.org/hide1125/hashtags-buddhajihi

http://twilog.org/hide1125

・・

4/4・東日本大震災、今月中の被災地入りを検討
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51992430.html

3/24・東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51988008.html

3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」
ツイッター投稿内容・1〜59
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51982661.html

「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51979461.html

「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51978181.html

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏
教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html


2011年04月04日(Mon)▲ページの先頭へ
東日本大震災、今月中の被災地入りを検討
東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

東日本大震災、今月中の現地入りを検討しています。一僧侶として、この度の犠牲者の皆様方への追悼慰霊御供養と遺体安置所での御供養、また、小規模避難所への個別的な物資支援を考えております。そのため具体的な個別支援ニーズの情報を賜りたく存じております。

今月中に被災地・小規模避難所への個別的な物資直接支援を考えており、支援ニーズのある寺院さんへと赴くことができましたらと考えております。避難所となっております寺院様からの支援ニーズ情報をお待ち申し上げます。#buddhajihi #hinan #hinanjo #jiin_save

被災地・小規模避難所への個別的な物資直接支援は、今後、中期的に必要と思われる物に関しまして調達させて頂こうと存じております。避難所となっております寺院様からの支援ニーズ情報をお待ち申し上げます。#buddhajihi #hinan #hinanjo #jiin_save

検討中の被災地・小規模避難所への個別的な物資直接支援。中期的に支援を継続して実施していければと考えております。その拠点となって頂ける寺院避難所様の情報がございましたら、ご連絡を宜しくお願い致します。#buddhajihi #hinan #hinanjo #jiin_save

・・

東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

川口英俊のツイッターログ
http://twilog.org/hide1125

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福を心からお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

「 #buddhajihi 」のハッシュタグにて、仏教・寺院・僧侶による支援の情報の集約に努めておりますので、是非、ご参照下さいませ。

【拡散・活用望】 東日本大震災 仏教・寺院・僧侶による総合支援情報→ #buddhajihi 各宗派による支援情報→ #shuha_save  寺院による支援情報→ #jiin_save 僧侶による支援情報→ #sou_save 仏教思想による支援情報→ #buddha_save

3/11・東日本大地震発生時より収集させて頂いて参りました「仏教・寺院・僧侶による支援の情報」の全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

http://twilog.org/hide1125

・・

東日本大震災・寺務所前設置の義援金募金缶・第一次集計結果
¥44,917円

4/1に日本赤十字社の指定口座に送金させて頂きました。ご協力ありがとうございました。

引き続きましてご協力ほどを宜しくお願い申し上げます。

東日本大震災 当寺院・宗教法人からの義援金につきましては、後日の役員会にての審議の結果を受けて、ご送金させて頂く予定でございます。

個人義援金の第二次送金の検討にも入らせて頂く予定です。

・・

3/24・東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51988008.html

3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」
ツイッター投稿内容・1〜59
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51982661.html

「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51979461.html

「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51978181.html

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏
教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html


2011年03月31日(Thu)▲ページの先頭へ
東日本大震災 仏教・寺院・僧侶による支援情報の収集 総合状況
東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

川口英俊のツイッターログ
http://twilog.org/hide1125

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福を心からお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

「 #buddhajihi 」のハッシュタグにて、仏教・寺院・僧侶による支援の情報の集約に努めておりますので、是非、ご参照下さいませ。

【拡散・活用望】 東日本大震災 仏教・寺院・僧侶による総合支援情報→ #buddhajihi 各宗派による支援情報→ #shuha_save  寺院による支援情報→ #jiin_save 僧侶による支援情報→ #sou_save 仏教思想による支援情報→ #buddha_save

3/11・東日本大地震発生時より収集させて頂いて参りました「仏教・寺院・僧侶による支援の情報」の全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

http://twilog.org/hide1125

・・

3/24・東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51988008.html

3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」
ツイッター投稿内容・1〜59
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51982661.html

「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51979461.html

「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51978181.html

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏
教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html


2011年03月24日(Thu)▲ページの先頭へ
東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
東北地方太平洋沖地震
ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福をお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

「 #buddhajihi 」のハッシュタグにて、仏教・寺院・僧侶による支援の情報の集約に努めておりますので、是非、ご参照下さいませ。

【拡散・活用望】 東日本大震災 仏教・寺院・僧侶による総合支援情報→ #buddhajihi 各宗派による支援情報→ #shuha_save  寺院による支援情報→ #jiin_save 僧侶による支援情報→ #sou_save 仏教思想による支援情報→ #buddha_save

ツイッター投稿内容からほんの一部を抜粋しておきます。全てをご覧になりたい方は、ツイッターにて、#buddhajihiのタグで検索下さいませ。

明日はお彼岸の結岸。二七日忌・導師・釈迦如来様に震災犠牲者の皆様の到彼岸のお導きを賜りますようにご供養申し上げます。合掌。RT@nagabodhi 明日24日は震災犠牲者の皆様の二七日(ふたなのか)忌。..#buddhajihi #buddha_save

大震災により、無情にもお亡くなりになられた皆々が、切実に生きたいと想い、願ったであろう一日が今日も過ぎゆく・・「無常」・」無我」・「空」・「苦」を想うものの、無数無限の大いなる「縁」により生かされている「今」をとにかく大切に感謝して過ごしていきたい。合掌

RT@mitsuhikoakita 【RT希望】應典院で何ができるか、主幹と共に考えた。JR西日本あんしん社会財団とも意見交換。発生1ヶ月目の4月10日(日)應典院全山を開放して、「祈りの市民集会」を開催することを決定。現地に赴くこともだが、いま関西にあって、遠く被災地を「祈る」ことも尊い。詳細は近日発表。4月10日は一日應典院を開ける。用意された集会ではなく、参加者自身がそれぞれの「祈り」を持ち寄りながら、皆でつくりあげる。姿はそれぞれでよい。宗教もあるが、議論の場もあるし、アーティストによる表現の場もある。過ぎ去った時間を思い返しながら、これからに思いやるような場。来てほしい。#buddhajihi #jiin_save

RT@nakashitadaiki いろんな震災ボランティア関係の会議に出るたび、仏教やキリスト教、新宗教関係の方とお目にかかる機会が増えつつある。宗教界にとって、今はまさに正念場。特に仏教界にとっては土葬の報道がなされている今こそ存在意義を示す必要がある。#buddhajihi

RT@tomoshiokuda 現場にいない者が言うのはいけないと思いつつ、宗教者として何かできないかを考え続けている。宗教がこの不条理、「神がおられるならなぜこのようなことが起こるのか」という答えのない神議論の問いを引き受けるためにも、今、この悲しみと不条理を引き受けねばらない。護教的にならないこと。このような苦難を無理して感謝して受け取ったり、神の摂理などと言う必要はない。自分たちの信じてきた神や仏を信頼しつつ、ちゃんと文句を言うこと。「ええかげんにしてください。神様」と宗教者が責任をもって皆の前で祈ること。それは、大事だと思う。普遍不動の神様も大事だが、人と共にもがき苦しむ神や仏も大事だ。宗教者は、希望を「宣言」する強さと同時に、共に泣きうろたえるという弱さを持ち合わせねばらない。しんどいけれど。 #buddhajihi

【全日本仏教会 東日本大地震に関する被災地支援情報一覧 】 http://www.jbf.ne.jp/2011/03/post_186.html #buddhajihi #shuha_save

大震災により、無情にも犠牲となってお亡くなりになられた皆々が、切実に生きたいと想い、願ったであろう一日、一日が無常に過ぎゆく・・無数無限の大いなる「縁」により生かされて生きている一日一日を大切に感謝して過ごしていきたい。#buddhajihi #buddha_save

RT@tomaatlas あるお坊さんの言だそうです。考えさせられました。http://iede.cc/jishin.html 小池龍之介氏メッセージ #buddhajihi #buddha_save

RT@OgaYukan 僧侶仲間が明日現地入りするとの連絡。頭が下がる。そして彼の無事を祈る。自分は諸々の仕事をほっぽって行くわけにはいかないので、粛々とできることから。とりあえず、調布のボランティアに一市民として仮登録。そこから見つかる「僧侶ならではのできること」もあるだろう。#buddhajihi #sou_save

RT@BuneiOtokawa @kikyousan 行政・警察の立場としては、特定の宗教・宗派だけを安置所に入れるわけにはいかんということもわかりますが、枕経も上げてもらえないというのは亡くなった方と遺族が不憫でたまりません。 #buddhajihi #buddha_save

RT@monodoi #311map 稲場圭信さん&黒崎浩行さん作成の労作「宗教者災害救援マップ」(http://bit.ly/fxmQP1)を、いかに「地理・地理空間情報」 http://ow.ly/4iuBK が位置付けるかもまた興味深い #buddhajihi

RT“@tomoshiokuda: 政府主体の合同慰霊や追悼も必要だが、死はあくまでも個人の尊厳に関わることなので、個々人のご遺族に対して、個々宗教者が関わることが必要。しかし、それをどこに言えばいいかわからないので、宗教側が統一の窓口をつくることは必要。弔いの仕方は、それぞれ遺族の想いを中心に考えればよい。”#buddhajihi #buddha_save

RT@tomoshiokuda 私は、牧師なのですが、被災地における宗教的ケアというものが今、必要だと感じています。これは阪神の反省でもあります。被災者の中には、家族を助けられなかったという自責と弔ってやれなかったという自責が交錯している。宗派を超え仏教、キリスト教など、被災者の声に応える形で弔いを行う。現場の状況からすると葬儀という事までもいかないだろう。しかし、宗教者が立ち会って祈ること、お経の一つでもあげること。また、遺骨を寺院や教会であずかり、追悼したい時に静かに祈ることができること。それを確保することが今重要だと思う。集団土葬ということも話題に出ているそうだ。ならば余計このことに対するケアの体制を整える必要がある。それは宗教の役割。それをしないなら何のための宗教なのか。たとえ遺骨が無くても、家族を想い出せる空間を提供すべきだと思う。宗教界が統一したテーブル設定できないか。体がもう一つほしい。#buddhajihi #buddha_save

この度のお彼岸施餓鬼法要での法話においては、東日本大震災に関連致しまして、仏教・縁起思想における「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」の大切さ、慈悲の実践の大切さについて簡単にお話させて頂いております。合掌。

@お彼岸施餓鬼法要では、慈悲の心を持って、三界において苦しんでいる全ての衆生、霊位へと供養を及ぼすことによって、ご先祖様のみならず、全ての霊位、また、自ら、他の者たち全ての仏道の成就を願い、安らかなる涅槃・彼岸へと至れるように回向することが大切となります。#buddha_save

Aそのため、もちろん、この度のお彼岸施餓鬼法要においては、東日本大震災にてお亡くなりになられました皆様方の御供養も併せて行わせて頂いております。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。#buddhajihi #buddha_save

RT @riushin: 六波羅蜜を実践しよう布施(義捐金、救済物資を被災者に届けよう)自戒(自らの生活を律しよう)忍辱(不自由、不便に文句を言わない)精進(自分が今出来ることを粛々と)禅定(まず心を落ち着けよう)智恵(デマに惑わされず正しい情報を)#buddhajihi

お彼岸施餓鬼法要が始まり、本日から24日まで、午前8時から午後4時の間、続きます・・合間でも何とか仏教・寺院・僧侶による支援情報の収集・発信をと努めておりますが、限界もございますので、ご容赦の程を誠に宜しくお願い申し上げます。#buddhajihi

改めて、この大変な今ほど、仏教思想における「諸行無常」・「一切皆苦」ということを痛切に観じることはない...だが、救援・支援による「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」を鑑みると「縁起」ということの大切さも思惟するところでございます。合掌。#buddhajihi

@inabakeishinもちろん今回の震災で被害にあっている宗教施設もあるが、情報共有の場として、避難所として、ボランティアの拠点として、中継地点として、神社・寺院・宗教団体施設は力を発揮できる。教団、宗派の違いをこえて情報交換をしながらの救援・復興活動を願う。

@motataro本願寺派は750回遠忌を「予定通り」行う。まさか、犠牲者・被災者への追悼の意味も込めずに法要をお勤めなさるおつもりか。きらびやかな音楽法要も何千万円もかけて新調された荘厳も庭儀も楽も「予定通り」なのか。その華やかな法要には参拝できない人たちが居ることをお忘れなのか。

@nakashitadaiki 地震の緊急支援対策として、食糧や医療など「生きる支援」は必要不可欠。一方で、大量の遺体が道端に放置されている状態を考慮すると、棺やお花の手配も怠ってはならない。私が現地入りする時は、遺族ケアという観点も考えないと。そしてそれは、10年スパンで考えないと、一時的なものではまずい。

@syunmyo日本仏教は宗派、という区切りがあってそこから抜け出せないように思われているが、古くは宗門、であって、どの門から入っても行き着く目的地は一緒。まずは托鉢で浄財を。メディア熱が冷めた頃も、復興にとって大事な時期になる。

(17日)本日早朝に当寺院・奥の院(観音堂)にて、観音菩薩様御前にて観世音菩薩普門品世尊偈三巻・ご真言誦経、回向、東日本大震災犠牲者の皆様への鎮魂御供養・回向を勤めさせて頂きました。改めまして心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌 #buddhajihi #sou_save

(17日)本日、奥の院での鎮魂御供養と共に、午後2時46分からの全国一斉「祈りと追悼(被災者とともに〜生を祈り、死を悼む〜)」と併せまして、梵鐘一撞・般若心経・観音菩薩様ご真言誦経・回向を勤めさせて頂きました。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。#buddhajihi

(17日)早朝の奥の院での御供養、午後2時46分からの一斉「祈りと追悼」での御供養と併せまして、今夕梵鐘にて観世音菩薩普門品世尊偈・観音菩薩様ご真言、初七日導師・不動明王様ご真言誦経、回向にて鎮魂御供養をお勤めさせて頂きました。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。#buddhajihi

お彼岸(18日〜24日)が近づきまして、明日以降、寺務・法務の合間での情報収集が誠に厳しくなって参ります・・どなたでも構いませんので、どうか、仏教・寺院・僧侶による支援情報の【#buddhajihi 】タグでの収集にご協力を賜れましたらと存じております。宜しくお願い申し上げます。

今ほど、仏教思想における「諸行無常」・「一切皆苦」ということを痛切に観じることはない...だが、救援・支援による「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」を鑑みると「縁起」ということの大切さも改めて思惟するところでございます。合掌。#buddha_save #buddhajihi

RT@nekotoi 【再送】私たちは生きているのではない。活かされているのだ。生かされているのだ。だからこそ頑張ること。連帯することが出来るのだ。先ずは念じましょう。神仏という大いなる存在に。そして何が出来るか動く前に周囲をよく見て考えましょう。 #buddha_save

【超拡散希望】全国寺院、超宗派で厳修致さねばならないと存じます。RT@nichibon 緊急提言 今回の犠牲者は通夜も葬儀もない。合同慰霊になるだろう。なら全国仏教寺院は約八万件。全ての寺で地震犠牲者の通夜葬儀を厳修しよう。対象は不明でもかまわない。 #buddhajihi

RT@project173 震災前、NHKが声高に「無縁死」の恐怖を叫び、若い人が「自分も無縁死になるかも?」と懸念しました。集団土葬になっても、ご遺体が水没して見つからぬままでも、彼らは決して“無縁”ではないことを宗教者は示しましょう。遠くから祈る“縁”の声で、“無”を埋めましょう。#buddhajihi

RT@UedaNoriyuki 相馬市近くに入った高橋卓志師より。「相馬市の遺体安置所は遺族と関係者のみ立入が許されており近づけません。僧侶が単独で状況に関わることはまだ難しい状況です。原発の状況もあり、もう少々時間がかかるでしょう。しかし、宗派の団体などからの公式な申し出があれば、僧侶による支援も可能かもしれません。明日には被災地からいちど撤収し、再度様々な可能性を模索し、検討してみたいと思います」 #buddhajihi #shien

RT@UedaNoriyuki【僧侶に拡散希望】「寺よ、変われ」の著者、神宮寺の高橋卓志師らが今日被災地入りし、僧侶としての援助の可能性を探ります。既に「僧侶の人数が絶対的に足りない」との情報があります。プランが策定され次第、私もツイートします。今後の時間を空けておいて、情報をお待ちください。

再RT@mitsuhikoakita 【RT願】被災地に近く、ボランティア拠点・宿舎として受け入れてくださる寺院をさがしています。客間、厨房、を一定期間開放していただきます。期間は要相談。規模・条件に応じて、関西からの救援NPOのマッチングを考えています。 #buddhajihi

RT“@nagabodhi: 震災犠牲者並びに被災者の皆様へ佐々井秀嶺師からのメッセージ全体を掲載しました。 佐々井師より http://t.co/GHrgvht” #buddhajihi

RT@riushin 高野山開創1200年もです。いまこそ「済世利人」の心で対処をお願いします。@project173 浄土宗=法然上人800年忌、浄土真宗=親鸞聖人750年忌。年忌を縮小して災害援助にまわすご英断を、お願いしたいです。 #buddhajihi

RT“@project173: 宗門の被災状況なんかあとでいいから、心を支えて! 祈り、励まし、祈り、明日への希望を紡いでほしい。外部から「義捐金」を集めるのではなく、寺の持てるもの(備蓄米とか)をまず喜捨してほしい #buddhajihi

RT@nakashitadaiki 私の所属する浄土真宗は、莫大な予算をかけて今年行う予定の親鸞聖人の750回忌法要の内容、予算の使い道を見直すべき。この緊急事態に、親鸞聖人が生きておられたらば、法要を望まないはず。社会から宗教の存在意義も問われる今こそ、社会のために貢献してほしい。#buddhajihi

RT@tonbani ブログ更新:ダラムサラで「日本のために10万回般若心経が唱えられた」http://blog.livedoor.jp/rftibet/ #buddhajihi

RT@tonbani 今日、ダラムサラでは朝6時半から午後4時ごろまで、約1500人の僧侶、尼僧、俗人がツクラカンに集まり、日本の被災地に向け祈りを届けようと、般若心経(総計)十万回が読誦されました。 #buddhajihi

RT@mmbaoffice 日本別院ではたくさんの灯明を灯し、僧侶一同で地震で亡くなった方のご冥福と皆様のご無事をお祈りしております。ダライ・ラマ法王からも「無事な方は般若心経を唱えて下さい」とのお言葉がありました。 #buddhajihi

#buddhajihi 【仏教・寺院による支援情報】 東北地方太平洋沖地震に関する仏教・寺院の取り組む支援情報、ボランティア情報を集約して発信するためのタグです。有効にご活用頂けましたら幸いでございます。

このような時こそ、仏教、寺院の役割が問われる。Twitter上でも、仏教、寺院の取り組む災害支援情報、ボランティア情報を集約して発信するために、宗旨宗派を超えて取り組めないかな?

日本の仏教界において、宗旨・宗派を超えて、教団・寺院・僧侶が、今回の大地震での救援・支援で、迅速かつ効率的・効果的な行動が取れるように、情報収集・分析・情報発信できるようなネットワークの構築などの動きはないのだろうか・・#buddhajihi #shien #jishin

各市町村、公共団体、自治会、NPO法人等、被害の出ていないところで備蓄している災害非常時備蓄品における余裕分を被災地へと迅速かつ効率・有効に送れるように、情報収集・指示ができるようなネットワークを早期に立ち上げてほしい。#jishin #shien #osaka

【Save Japan】 http://t.co/yCTGQyO” #save_miyagi #save_fukushima #save_yamagata #save_aomori #save_akita #save_iwate 以上もお役立て下さい。#buddhajihi

【拡散希望】 #buddhajihi 【仏教・寺院による支援情報】・【地震関連ハッシュタグ】 #j_j_helpme 救助要請 #jishin #jisin 地震 #earthquake #eqjp 地震 #tsunami 津波 #hinan 避難 #anpi 安否

【無事.me】被災地にいる大切なひとと連絡がつかず、やきもきしている人がわたしたちの周りにはたくさんいます。被災地の無事を確認できた人の"位置"情報を集めています。 http://buji.me/ #buji #jishin #buddhajihi

【募金缶・簡易設置方法】百均などで貯金缶を購入、それに募金目的(東北地方太平洋沖地震・義援金)・期間・設置者名、ユニセフや赤十字などの送金先を明記、印刷貼付し完成。管理、所属団体の許可、会計処理(寄付処理)・送金報告に留意。#somosepa #buddhajihi #shien

「縁起」・・「あらゆるモノ・コトは、その各自のモノ・コトとして、実体として固定・独立して成り立っているものではなく(空であり)、相互依存の関係性において成り立っている。」・・助け、助けられて、支え、支えられ、生きて、生かされて・・つながり・・縁起を改めて深く思惟致します。

・・

今日は晴れとなり、風の冷たい寒い一日となりました。

終日春季彼岸施餓鬼法要

お彼岸六日目、お参り、お勤めとペースはかなり落ちましたが、まだ続いております。

とにかくあと一日に、サロンパスを貼り、栄養ドリンクを飲んで、明日に備えます。

明日はお彼岸の結岸。二七日忌・導師・釈迦如来様に震災犠牲者の皆様の到彼岸のお導きを賜りますようにご供養申し上げます。合掌。

大震災により、無情にもお亡くなりになられた皆々が、切実に生きたいと想い、願ったであろう一日が今日も過ぎゆく・・「無常」・」無我」・「空」・「苦」を想うものの、無数無限の大いなる「縁」により生かされている「今」をとにかく大切に感謝して過ごしていきたい。合掌

大震災により、無情にも犠牲となってお亡くなりになられた皆々が、切実に生きたいと想い、願ったであろう一日、一日が無常に過ぎゆく・・無数無限の大いなる「縁」により生かされて生きている一日一日を大切に感謝して過ごしていきたい。

施餓鬼供養では、慈悲の心を持って、三界(欲界・色界・無色界)において苦しんでいる全ての衆生、霊位へと供養を及ぼすことによって、ご先祖様のみならず、全ての霊位、また、自ら、他の者たちの仏道の成就を願い、安らかなる涅槃・彼岸へと至れるように回向することが大切となります。もちろん、この度の東日本大震災にてお亡くなりになられました皆様方の御供養も併せて行わせて頂くこととなります。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

この度のお彼岸施餓鬼法要での法話においては、東日本大震災に関連致しまして、仏教・縁起思想における「助け合い」・「支え合い」・「分かち合い」の大切さ、慈悲の実践の大切さについて簡単にお話させて頂いております。合掌。

朝夕の梵鐘勤行にて、東北地方太平洋沖地震においてお亡くなりになられました方々へご冥福のお祈り、鎮魂ご供養。また、行方不明者の皆様のご無事、早期の救助を心から願っております。

また、2005年から5年ほど継続しておりました地震予知研究を中途中断し、この度の未曾有の巨大地震の予知に何らの貢献もできませんでしたことを心からお詫び申し上げます・・衛星写真による地震雲確認、大噴火など地震活動活発化の兆候、深海魚の動向など、様々な宏観情報などにより、何らかの予測手立てはあったものと思われますが、全く力及ばずで本当に申し訳ございませんでした。

東北地方太平洋沖地震・義援金のための募金缶を寺務所前に設置させて頂きました。

ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

寺院の募金活動とは別に、個人義援金、第1回目を ゆうちょ銀行 日本赤十字社 東北関東大震災義援金 00140-8-507 へと送金させて頂きました。どうか、ほんの僅かでも支援・復興の一助となりましたら幸いでございます。 #buddhajihi #shien

寺務所前に設置させて頂いた募金缶


・・

私が事務局を担当させて頂いております瓢箪山地域まちづくり協議会でも東北地方太平洋沖地震・義援金・募金活動を開始致しました。

キューたんステーションに募金箱・缶を設置致しました。ご支援、ご協力の程を宜しくお願い申し上げます。義援金は、日本赤十字社を通じて、東北地方太平洋沖地震の支援に役立たさせて頂きます。



瓢箪山地域まちづくり協議会ホームページ
http://hyotanyamarket.net/

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=16


2011年03月14日(Mon)▲ページの先頭へ
東北地方太平洋沖地震 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
東北地方太平洋沖地震
ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
http://twitter.com/hide1125

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福をお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

#buddhajihiのタグにて、仏教・寺院・僧侶による支援の情報の集約に努めておりますので、是非、ご参照下さいませ。

ツイッター投稿内容からほんの一部を抜粋しておきます。全てをご覧になりたい方は、ツイッターにて、#buddhajihiのタグで検索下さいませ。

RT@UedaNoriyuki【僧侶に拡散希望】「寺よ、変われ」の著者、神宮寺の高橋卓志師らが今日被災地入りし、僧侶としての援助の可能性を探ります。既に「僧侶の人数が絶対的に足りない」との情報があります。プランが策定され次第、私もツイートします。今後の時間を空けておいて、情報をお待ちください。

再RT@mitsuhikoakita 【RT願】被災地に近く、ボランティア拠点・宿舎として受け入れてくださる寺院をさがしています。客間、厨房、を一定期間開放していただきます。期間は要相談。規模・条件に応じて、関西からの救援NPOのマッチングを考えています。 #buddhajihi

RT“@nagabodhi: 震災犠牲者並びに被災者の皆様へ佐々井秀嶺師からのメッセージ全体を掲載しました。 佐々井師より http://t.co/GHrgvht” #buddhajihi

RT@riushin 高野山開創1200年もです。いまこそ「済世利人」の心で対処をお願いします。@project173 浄土宗=法然上人800年忌、浄土真宗=親鸞聖人750年忌。年忌を縮小して災害援助にまわすご英断を、お願いしたいです。 #buddhajihi

RT“@project173: 宗門の被災状況なんかあとでいいから、心を支えて! 祈り、励まし、祈り、明日への希望を紡いでほしい。外部から「義捐金」を集めるのではなく、寺の持てるもの(備蓄米とか)をまず喜捨してほしい #buddhajihi

RT@nakashitadaiki 私の所属する浄土真宗は、莫大な予算をかけて今年行う予定の親鸞聖人の750回忌法要の内容、予算の使い道を見直すべき。この緊急事態に、親鸞聖人が生きておられたらば、法要を望まないはず。社会から宗教の存在意義も問われる今こそ、社会のために貢献してほしい。#buddhajihi

RT@tonbani ブログ更新:ダラムサラで「日本のために10万回般若心経が唱えられた」http://blog.livedoor.jp/rftibet/ #buddhajihi

RT@tonbani 今日、ダラムサラでは朝6時半から午後4時ごろまで、約1500人の僧侶、尼僧、俗人がツクラカンに集まり、日本の被災地に向け祈りを届けようと、般若心経(総計)十万回が読誦されました。 #buddhajihi

RT@mmbaoffice 日本別院ではたくさんの灯明を灯し、僧侶一同で地震で亡くなった方のご冥福と皆様のご無事をお祈りしております。ダライ・ラマ法王からも「無事な方は般若心経を唱えて下さい」とのお言葉がありました。 #buddhajihi

#buddhajihi 【仏教・寺院による支援情報】 東北地方太平洋沖地震に関する仏教・寺院の取り組む支援情報、ボランティア情報を集約して発信するためのタグです。有効にご活用頂けましたら幸いでございます。

このような時こそ、仏教、寺院の役割が問われる。Twitter上でも、仏教、寺院の取り組む災害支援情報、ボランティア情報を集約して発信するために、宗旨宗派を超えて取り組めないかな?

日本の仏教界において、宗旨・宗派を超えて、教団・寺院・僧侶が、今回の大地震での救援・支援で、迅速かつ効率的・効果的な行動が取れるように、情報収集・分析・情報発信できるようなネットワークの構築などの動きはないのだろうか・・#buddhajihi #shien #jishin

各市町村、公共団体、自治会、NPO法人等、被害の出ていないところで備蓄している災害非常時備蓄品における余裕分を被災地へと迅速かつ効率・有効に送れるように、情報収集・指示ができるようなネットワークを早期に立ち上げてほしい。#jishin #shien #osaka

【Save Japan】 http://t.co/yCTGQyO” #save_miyagi #save_fukushima #save_yamagata #save_aomori #save_akita #save_iwate 以上もお役立て下さい。#buddhajihi

【拡散希望】 #buddhajihi 【仏教・寺院による支援情報】・【地震関連ハッシュタグ】 #j_j_helpme 救助要請 #jishin #jisin 地震 #earthquake #eqjp 地震 #tsunami 津波 #hinan 避難 #anpi 安否

【無事.me】被災地にいる大切なひとと連絡がつかず、やきもきしている人がわたしたちの周りにはたくさんいます。被災地の無事を確認できた人の"位置"情報を集めています。 http://buji.me/ #buji #jishin #buddhajihi

【募金缶・簡易設置方法】百均などで貯金缶を購入、それに募金目的(東北地方太平洋沖地震・義援金)・期間・設置者名、ユニセフや赤十字などの送金先を明記、印刷貼付し完成。管理、所属団体の許可、会計処理(寄付処理)・送金報告に留意。#somosepa #buddhajihi #shien

「縁起」・・「あらゆるモノ・コトは、その各自のモノ・コトとして、実体として固定・独立して成り立っているものではなく(空であり)、相互依存の関係性において成り立っている。」・・助け、助けられて、支え、支えられ、生きて、生かされて・・つながり・・縁起を改めて深く思惟致します。

・・

朝夕の梵鐘勤行にて、東北地方太平洋沖地震においてお亡くなりになられました方々へご冥福、ご供養。また、行方不明者の皆様のご無事、早期の救助を心から願っております。

また、2005年から5年ほど継続しておりました地震予知研究を中途中断し、この度の未曾有の巨大地震の予知に何らの貢献もできませんでしたことを心からお詫び申し上げます・・衛星写真による地震雲確認、大噴火など地震活動活発化の兆候、深海魚の動向など、様々な宏観情報などにより、何らかの予測手立てはあったものと思われますが、全く力及ばずで本当に申し訳ございませんでした。

東北地方太平洋沖地震・義援金のための募金缶を寺務所前に設置させて頂きました。

ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

【募金缶・簡易設置方法】百均などで貯金缶を購入、それに募金目的(東北地方太平洋沖地震・義援金)・期間・設置者名、ユニセフや赤十字などの送金先を明記、印刷貼付し完成。管理、所属団体の許可、会計処理(寄付処理)・送金報告に留意。#somosepa #buddhajihi #shien

百均で購入した貯金缶


募金缶の表記内容


募金缶完成


寺務所前に設置させて頂いた募金缶


とにかく、私もできることを考えて、できるだけのことをと存じております。近々、献血へも行こうと存じます。

・・

私が事務局を担当させて頂いております瓢箪山地域まちづくり協議会でも東北地方太平洋沖地震・義援金・募金活動を開始致しました。

キューたんステーションに募金箱・缶を設置致しました。ご支援、ご協力の程を宜しくお願い申し上げます。義援金は、日本赤十字社を通じて、東北地方太平洋沖地震の支援に役立たさせて頂きます。





募金缶設置協力を依頼させて頂いております。宜しくお願い申し上げます。


瓢箪山地域まちづくり協議会ホームページ
http://hyotanyamarket.net/

キューたんステーションでは、18日まで、社福)なかよし福祉会さん主催による障がい者の方による作品の展示会を開催致しております。是非、ご覧に足を運んでみて下さい。

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=16


2011年03月04日(Fri)▲ページの先頭へ
3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」・ツイッター投稿・1〜27
さて、3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」に関して、久しぶりに熱くなり、ツイッターにて意見を述べさせて頂きました。

http://twitter.com/hide1125

RT @UedaNoriyuki 「クロ現・岐路に立つお寺」1〜27

1・社会活動・地域活動への取り組みは大切です。私も実際に努力して取り組んできたこともありますが、お寺だから、僧侶だからということで、それを前面に出してすることはせずにあくまで一個人として取り組むことが重要だと思います。

2・お寺・僧侶を前面に出して社会活動・地域活動に取り組むと、経験上、悲しいかな、やはり、何らかの売名行為・利得行為と見なされて、余計な誤解や偏見を生み出してしまうこともあります。

3・余計な誤解や偏見を生じさせないためにも、お寺・僧侶・宗教ということを外して、あくまでも一個人として、無理なく、義務でなく、一つの趣味みたいなものとして、自分のできることから実地に取り組むのが重要だと考えています。

4・そもそも社会活動・地域活動は、慈悲・利他行として、仏教に携わる者であるならば、取り組んで当たり前のことで、「当たり前」となっていない現代仏教における問題点の本質をえぐり出さないと解決に役立たないと考えています。

5・では、その現代仏教における問題点の本質とは、一体どこにあるのかについて、私は、駒澤大学・松本史朗教授の「如来蔵思想批判」からえぐり出して、その問題解決の一つの糸口を見い出していきたいと考えています。

6・現代仏教の問題点の補足としては、現代日本における仏教に係る色々なモノ・コトにおいて、保身的・利己的に執着する対象があまりに増えすぎてしまったということの弊害も大きいと思われます。

7・それは、例えば例を挙げると、(宗旨宗派)教団・組織体制・階位・檀家制度の維持管理、建物・宝物・霊園・納骨堂などの維持管理、更には、世襲・家族・財産などの維持管理・・と色々とあるかと思います。

9・一つ、悲劇であるのは、寺の跡取りとして産まれて、仏教と向き合い、真摯に取り組もうとするものの、もしかすると仏教でない仏教を強制的・義務的に押しつけられてしまい、更に悩み苦しむということも少なからずあるでしょう・・

10・ 「葬式仏教批判→法務にやり甲斐無し、罪悪感を抱く→社会活動に参加→やり甲斐・生き甲斐あり」という構図があり、それに違和感を指摘された @kikyousan さんのご意見にはどこか同調するところがあります。

11・やはり、根本的には、何が真なる仏教であるのかについて、真摯に考究して取り組む意識・姿勢が相当に無くなってしまっているという弊害が、今日的な仏教諸批判を浴びる最大の要因となっているのではないかと考えます。

12・「如来蔵思想批判」の正・誤は別として、「基体説」から批判的に現代仏教にアプローチしてみて、真なる仏教とは何であるのかを考究していくためのあくまで一つの方便として「如来蔵思想批判」を捉えています。

13・学生時代に大蓮寺住職・應典院代表の秋田光彦師 @mitsuhikoakita の寺院改革取り組みの初期の頃にインターンとして学んだことは、これからのお寺のあり方を考える上で、今でも私の貴重な視座となっています。

14・また、禅専門道場での修行時代に、遠鉢(遠方への托鉢)でお世話になりました長野県松本市の神宮寺住職・高橋卓志師から当時色々と教えて頂いたこともこれからのお寺のあり方を考える上で、今でも私の貴重な視座となっています。

15・とにかく、現代日本仏教の再生を図るための一つの方便としては、チベット仏教哲学・中観帰謬論証派の思想から現代日本仏教のあり方の見直しを図ってみようと試みるアプローチが有効なものになると今は考えています。

16・お寺・僧侶の社会活動・貢献慈善活動は確かに慈悲・利他行の実践として間違いなく重要であります。但し、お寺・僧侶であるから、やらなければならないという強制・義務的なものでは全くないと考えています。

17・仏教に深く帰依し、菩提心を発心した者であるならば、慈悲・利他行の実践は、僧侶に拘わらずに実践しなければならない徳目の一つであります。また、、それが人間道のみの世界だけで留まったものであってもいけないと考えています。

18・つまり、社会貢献活動や慈善事業というものにおいて、人間道のみの縁起関係だけの利己的なものに留まってしまって、独善・自己満足に陥ってしまっていてはいけないと考えています。

19・それは、人間道のみならず、慈悲・利他の実践は、畜生道(環境問題・畜産界の問題)、または残りの四道等、一切の苦しみにある衆生へもそれを及ぼすことが当然に求められます。

20・大いなる縁起と空の理解から、三輪清浄・三輪空寂の思惟によっての慈悲・利他行の実践が大切になるというところであります。その行には、当然にも実体はなく、行った後は、何らとしてとらわれることもありません。

21・よって、お寺・僧侶だからといって、慈悲・利他行を絶対にしなければならないというわけではなく、お寺・僧侶関係無しに、できる者からできることの実践を一つ一つしていければ良いわけであります。

22・また、何も慈悲・利他行の実践を、特に社会活動や慈善事業に拘る必要も当然にないと考えています。縁起関係にあるものたちに優しく慈しみ微笑みかけるだけでも十分に立派な慈悲・利他行になります。

23・とにかく、確かなる慈悲・利他行の実践のためには、その前提として、「縁起と空」の理解は欠かすことができないものと考えております。「縁起と空」の確かなる理解による慈悲・利他行の実践が大切であると存じております。

24・@grossherzigkeit さんが「上田紀行型仏教」の問題点について少し指摘されておられますが、確かに、慈悲・利他行を私たちの恣意的価値判断で固定化してしまおうとすることは良くないと考えています。

25・つまり、慈悲・利他行の観点からは、「社会事業してる坊さんこそ立派」というだけではなくて、僧侶であろうと無かろうと、「蟻を踏み殺さずに歩くように心掛けていること」も十分に慈悲・利他行として立派なことであります。

26・ですから、人間の世界・社会・国・地域だけの自己都合・自己満足におけることだけで、慈悲・利他行を固定化、絶対化してしまおうとはせずに、もっと大きな縁起関係から慈悲・利他行を捉えないといけないと考えております。

27・ 同感です。慈悲・利他行の実践は、そのようなことで相殺されるほど簡単なものではありません。RT @seiro10 「伝統仏教への批判は、社会事業の参加によって相殺されるという結論ならば、仏教本来の考えとは違う」

・・

新たな仏教参考書として、下記を追加致しました。

「ダライ・ラマ 死と向きあう智慧」

ダライラマ14世テンジンギャツォ (著), ジェフリー ホプキンス (編集), ハーディング 祥子 (翻訳)  地湧社

・・

「ダライ・ラマ 生き方の探究」

ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著、藤田省吾 (翻訳)、ゲシェーソナムギャルツェンゴンタ (翻訳) 春秋社

誠に遅まきながら、「三十七の菩薩の実践」についてのダライ・ラマ14世師のご法話内容の訳書を手に入れさせて頂きました。

早速に読み進めて参りたいと存じます。

「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51979461.html

「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51978181.html

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏
教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
「ダライ・ラマ 生き方の探究」
 ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著、藤田省吾 (翻訳)、ゲシェーソナムギャルツェンゴンタ (翻訳) 春秋社
「ダライ・ラマ 死と向きあう智慧」
ダライラマ14世テンジンギャツォ (著), ジェフリー ホプキンス (編集), ハーディング 祥子 (翻訳)  地湧社
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110


2011年02月28日(Mon)▲ページの先頭へ
「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
 「三十七の菩薩の実践」は、「菩提心」(悟り・智慧を求める強い意志)を発心(ほっしん)して、悟りの境地へと向かうために、私たちが実際に行うべき修行の実践についてまとめられた詩句でございます。是非、この機会にご一読し、ご興味を持って頂いて、その内容の理解を更に深めて頂くことの何かのきっかけとなりましたら、幸いでございます。

川口 英俊 合掌
http://www.hide.vc/

「三十七の菩薩の実践」
〔ギャルセー・トクメー・サンポ師(13世紀・チベット仏教サキャ派の学僧)著〕

ナモー、ローケーシュヴァラーヤ(南無観自在菩薩)

 すぐれた師(ラマ)であり、救世者(くぜしゃ)である観自在〔菩薩〕(かんじざいぼさつ)に、常に三門(身、口、意)で恭しく礼拝いたします。観自在〔菩薩〕は「一切の法(存在)は去ることも、来ることもない」とご覧になりつつ、しかも輪廻(りんね)する衆生のために一心に励んでいらっしゃるのです。
 一時的な幸せと究極的な幸せを生じる源であるもろもろの仏陀は、正しい法を完成することで仏陀となりえました。それは〔法を〕実践することの内容を知り、それを実際におこなったからなのです。これより菩薩の実践について述べることといたします。

1.大きな船のような有暇具足(うかぐそく)をそなえた有意義で得がたい生を享けた今生で 自他ともに輪廻の海から救われるために 昼夜を問わずに怠けずに聞・思・修(もん・し・しゅう)すること それが菩薩の実践である

2.身内に対しては愛情を水のように注ぎ 敵に対しては憎しみを炎のように燃やす 善悪の見境(みさかい)がつかない愚かさは真っ暗な闇(やみ) 故郷を捨てること、それが菩薩の実践である

3.悪い故郷を捨て去れば煩悩(ぼんのう)はしだいに消え去っていく 怠けず励む者の功徳はおのずと増えていく 知性が澄めば教えに信が生ずる 「静謐(せいひつ)な場所」に安らぐ心、それが菩薩の実践である

4.長い間親しくしている友と別れ、努力して得た財産を後に残し 「肉体」という宿を「心」という客が去っていく 今生を捨てること、それが菩薩の実践である

5.交われば三毒(貪・瞋・癡)が増大し 聞・思・修の行が疎かになり 慈悲がなくなりはじめる そのような悪い友を捨てること それが菩薩の実践である

6.〔その人に〕従えば欠点がなくなって 功徳が上弦(じょうげん)の月のように満ちてくる そのような善友(ラマ)を自分自身の身体よりも大切にする それが菩薩の実践である

7.自らも輪廻の牢獄に捕らわれている 世俗の神にいったい誰を救うことができるのか それゆえ、救いを求めても欺く事のない三宝(仏・法・僧)に帰依をする それが菩薩の実践である

8.「極めて耐えがたい悪趣(あくしゅ)の苦しみは 罪業(ざいごう)の結果である」と釈迦は説かれた そのため命を落とそうとも罪業をおこなわない それが菩薩の実践である

9.三界(欲界・色界・無色界)の幸せは草葉の露のごとく 瞬時に消え去るものである いかなるときも変わらずに解脱の最高の境地を目標とする それが菩薩の実践である

10.無始以来より私を愛してくれた母たちが 苦しみもがいているならば、自身の幸せなど何になろうか それゆえ、限りなき衆生を救うために菩提心を生起させる それが菩提の実践である

11.あらゆる苦しみは自らの幸せを追い求めることより生じ 悟りは他者のためを思うことより生ずる それゆえ、自己の幸せと他者の苦しみをまさしく交換する それが菩薩の実践である

12.何者かが大きな欲望で私の財産を すべて奪おうとして盗みに入ったとしても 身体と財産と三世の善の集積のすべてを差し出す それが菩薩の実践である

13.自らの過ちが認められないにもかかわらず 何者かが私を斬首刑(ざんしゅけい)に陥れたとしても いたわりの心でその罪を自ら被る それが菩薩の実践である

14.ある者が私に対してさまざまな非難中傷を 三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)に遍くふれ回ったとしても 慈しみの心で繰り返しその者の功徳を称賛する それが菩薩の実践である

15.大勢の者が集まるなかである者が 私の過失を掘り起こし罵声を浴びせかけても その者を善友(ラマ)と思って敬意を払う それが菩薩の実践である

16.わが子のように大切に育てた者が 私を敵のように見なしたとしても 病気のわが子に接する母のようによりいっそうの愛情を注ぐ それが菩薩の実践である

17.私と同じくらいか、それより劣る者が 慢心を起こして私を軽視したとしても 師(ラマ)のように尊敬し自らの頭頂に戴く それが菩薩の実践である

18.生活に困窮し、常に人より軽蔑され ひどい病苦や悪霊に憑かれても それでも一切衆生の罪業と苦しみを受けて疲れることをしらない それが菩薩の実践である

19.称賛され、大勢の者が頭を垂れ 毘沙門天(びしゃもんてん)の財宝と同じものを手にしても 世間の豊かさには本質がないと見て驕らない それが菩薩の実践である

20.自身の中にある怒りという敵を調伏しないなら 外の敵を倒しても憎しみはますます増大するばかり それゆえ、慈悲という軍隊で自身の心を征服する それが菩薩の実践である

21.欲望の特性というのは塩水を飲めば飲むほど渇くのと似て どんなに満足してもさらに貪りたくなる 欲望が起きた対象はいかなるものでもすぐに捨てる それが菩薩の実践である

22.いかなる現象もそれは自身の心であり 心の本性は本来戯論(けろん)より離れている そのように理解して主客の諸相に気をとらわれてしまわない それが菩薩の実践である

23.意識がとらえる喜びの対象は 夏の盛りの虹の色彩のごとくに 美しい現象であっても実体のないものとして執着(しゅうじゃく)を捨てる それが菩薩の実践である

24.さまざまな苦しみは、夢の中での息子の死のごとく 錯誤を実体あるものととらえることより生じた疲れ それゆえ、たとえ逆境に遭遇したとしても錯誤と見なす それが菩薩の実践である

25.悟りを得るために、この身さえ犠牲にする必要があるのなら 外側のものなどなおさらに 見返りや成果を期待せず布施を行ずる それが菩薩の実践である

26.戒律を守らずして自利の完成は無い それでいて利他を成し遂げる願いを持っても笑われる それゆえ、世俗の欲を放棄して戒律を遵守(じゅんしゅ)する それが菩薩の実践である

27.善という財を求める諸菩薩を 傷つけてしまう者もまた、尊い宝も同然である それゆえ、あらゆる者に恨みをもたず忍耐を修習(しゅじゅう)する それが菩薩の実践である

28.自利のみを得ようとする声聞(しょうもん)、独覚(どっかく)も 頭に移った火を消そうとするように努力をするのをみるならば すべての衆生のためになる功徳の源泉となる精進に励む それが菩薩の実践である

29.「止」を伴ったすぐれた「観」が 煩悩を克服するのをよく知って 四無色定(しむしきじょう)を超越した禅定(ぜんじょう)を修習する それが菩薩の実践である

30.智慧のない五つの波羅密(はらみつ)だけならば 完全なる悟りを得ることはない それゆえ、波羅密行を伴った三輪無分別智(さんりんむふんべっち)を修習する それが菩薩の実践である

31.自らの錯誤を自らが正さないなら 行者が非法を行うことになりかねない それゆえ、常日頃より過ちを見抜いて捨てる それが菩薩の実践である

32.煩悩にかられて菩薩の方々の 過失を非難するならば、結局自らを衰退させるだけ それゆえ、大乗者の過失をいっさい口にしない それが菩薩の実践である

33.富と名声にかられ争いとなり 聞・思・修の行が疎かになる それゆえ、親友やご支援くださる人々に対しての甘えを捨てること それが菩薩の実践である

34.汚い言葉が他者を動揺させ 菩提行の在り方を弱めることになる それゆえ、他者の心を害するような汚い言葉を捨てること それが菩薩の実践である

35.煩悩に慣れれば制することが難しくなる 念(記憶)〔正念〕と正知(しょうち)という対治の刃を手に取り 欲望などの煩悩が起こるやいなや刈り取ってしまう それが菩薩の実践である

36.要約するなら、どこでもどんなときも何をしようとも 自らの心の在りようがどんな状態であっても 常に念と正知を利用して利他を成し遂げようとする それが菩薩の実践である

37.以上のように精進(努力)して、成し遂げられた諸善を 限りなき衆生の苦しみを取り除くため 三輪無分別智により、悟りを得るために回向(えこう)すること それが菩薩の実践である

 経とタントラと論書に説かれている内容を、諸賢の言葉に従って、菩薩の三十七の実践として、菩薩道を実践したい人のために著しました。浅学非才で諸学者の好む文章が記せないため、経典と賢者の言葉に準拠して、菩薩の実践を誤りなく正確に記そうと思慮しました。けれども、菩薩道は広大であり、私のような知力の劣る者には、その奥底は理解しがたく、矛盾や無関係などの過失の集積になってしまいました。諸賢方よ、お許しください。
 これによって生じた善があるならば、その善によってすべての衆生が勝義と世俗の二つの菩提心を起こし、輪廻と涅槃のどちらにも住することなく、救世者である観自在〔菩薩〕と等しい境地に至ることができますように。

 記した内容は自他のためになる言葉であり、学僧であり比丘であるトクメー・サンポが、グルチュー・リンチェン・プクというところで記したものです。

(藤田省吾氏、 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ師 訳)

和訳引用参照元「ダライ・ラマ 生き方の探究」春秋社 1997年
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著、藤田省吾 (翻訳)、ゲシェーソナムギャルツェンゴンタ (翻訳)

・・

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611



2011年02月25日(Fri)▲ページの先頭へ
「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読
さて、先日に、「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読しました。非常にニーチェの思想が解りやすく解説されていました。



遠近法的思考、ルサンチマン、ニヒリズム、無価値、超人、永劫回帰、力への意志等、基本的なニーチェ思想を学ぶ上で、誠にお薦めでありますが、ただ、後半の超人、永劫回帰、力への意志において、特に「欲望」を扱う部分に関しては解釈に注意が必要です。ここは、仏教哲学・中観思想的アプローチによる修正が必要であるかと考えています。

また、ニーチェ思想と仏教思想の相似・相違点に関しましては、随時に考察して参りたいと存じております。

・・

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏が、教理の考察「何のために空を覚るのか」を発表なされておられます。

教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「空性の現量了解」をいかにして図っていくべきであるのかについて、簡潔にまとめておられますので、参考になるかと存じます。

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

・・

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110


2011年02月07日(Mon)▲ページの先頭へ
「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』の再読を終え、「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」の再々読に入りました。

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著 平成17年3月 駒澤大學佛ヘ學部研究紀要 第63號
http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.utf-8/XC00016965/Body/link/jfb063-07.pdf

松本史朗先生の如来蔵思想批判の基本的立場が簡潔にまとめられている内容であると存じますので、是非、ご参照下さいませ。

正直、日本仏教思想とチベット仏教哲学とを対比すると、その差はあまりに歴然としており、チベット仏教哲学の学びを進めていくと、それまで抱いていた日本仏教思想に対しての価値観が大きく揺らぎ、相当に疑念を持つようになってしまうことでしょう。ただ、日本仏教における伝統・文化・芸術面での価値の高さ、意義深さは、私もそれなりに認めるところでありますが、残念ながら仏教思想・哲学面では、疑問符の付くところが多くあります・・

極論となるかもしれませんが、日本仏教は、あくまでも伝統・文化・芸術で優れているものとして割り切って、思想・哲学ということでは、批判的検証が十分になされる必要性があると考えております。

「如来蔵思想と本覚思想」p6より抜粋・・

・・つまり、『涅槃経』に説かれる“如来=法身=仏性”は決して「存在論的に中性」(ontologically neutral)なのではなくて、正に存在論的な実在、即ち、永遠不変のa-tmanなのである。如来蔵思想は「非難の余地もないほど仏教的である」(impec-cably Buddhist)というKing氏の性急な主張が、中観思想を基調とするチベット仏教と対比すれば、如来蔵思想を主流とする中国・朝鮮・日本という東アジア系統の仏教思想を、仏教としては正統的なものであるとして擁護しようとする護教的意識(日本の多数の仏教学者によっても共有されている護教的意識)によって支えられていることは充分に理解できるが、しかし、a-tman論が『涅槃経』において明確に肯定されている以上、仏性を「救済論的方便」(soteriological device)と評価することは、不適切であろう。
 我々は常に研究の対象について批判的視点をもつべきであって、それを擁護したり讃美したりすべきではない。さもなければ、日本の仏教学者が日本仏教を大乗仏教発展の究極として讃美するという過去の誤りが繰り返されるであろう。・・抜粋ここまで。

・・

チベット仏教のカルマ・カギュ派の最高位化身ラマであるカルマパ第17世氏の御身のまわりで世間を騒がす事件が起きたようですね。

カルマパ活仏、中国スパイ説…資金提供や接触?
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110203-OYT1T00172.htm

カルマパ17世の僧院を捜索 大量の中国元も押収 インド
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110129/asi11012922590005-n1.htm

カルマパ17世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%9117%E4%B8%96

化身ラマ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E8%BA%AB%E3%83%A9%E3%83%9E

絶大な信仰を集める化身ラマには、当然にその周りで、化身ラマ制度を政治利用、経済利用しようとしての利権を巡る争いや腐敗が生じやすいことがあるようです。対立化身ラマが生じて分裂したり、悲劇に見舞われた化身ラマもいるほどです。今回の事件の背後においては、化身ラマ制度における負の部分が出てしまったのではないかと推測しております。

とにかく、化身ラマだから偉いというわけではなく、菩薩行の実践、慈悲行の実践という現実的なところで、その人が信仰に値するならば、信仰し、信仰するに当たらないならば、信仰しなければ良いだけでしょう。

シュクデン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AF%E3%83%87%E3%83%B3

・・

烏枢沙摩(うすさま)明王様・石像・往生院六萬寺・トイレ前。

トイレの神様のヒットの陰で、密かにトイレの仏様も有名になってきているようです。



烏枢沙摩明王
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%83%8F%E6%9E%A2%E6%B2%99%E6%91%A9%E6%98%8E%E7%8E%8B

・・

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110


2011年02月06日(Sun)▲ページの先頭へ
化身ラマ制度における負の部分
チベット仏教のカルマ・カギュ派の最高位化身ラマであるカルマパ第17世氏の御身のまわりで世間を騒がす事件が起きたようですね。

カルマパ活仏、中国スパイ説…資金提供や接触?
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110203-OYT1T00172.htm

カルマパ17世の僧院を捜索 大量の中国元も押収 インド
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110129/asi11012922590005-n1.htm

カルマパ17世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%9117%E4%B8%96

化身ラマ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E8%BA%AB%E3%83%A9%E3%83%9E

絶大な信仰を集める化身ラマには、当然にその周りで、化身ラマ制度を政治利用、経済利用しようとしての利権を巡る争いや腐敗が生じやすいことがあるようです。対立化身ラマが生じて分裂したり、悲劇に見舞われた化身ラマもいるほどです。今回の事件の背後においては、化身ラマ制度における負の部分が出てしまったのではないかと推測しております。

とにかく、化身ラマだから偉いというわけではなく、菩薩行の実践、慈悲行の実践という現実的なところで、その人が信仰に値するならば、信仰し、信仰するに当たらないならば、信仰しなければ良いだけでしょう。

シュクデン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AF%E3%83%87%E3%83%B3

・・

『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』の再読を始めました。

・・

「非有・非無」の中道に関しての補足・3

「ツォンカパにおける無自性論証と正理 四津谷孝道氏・論著 国際仏教学大学院大学研究紀要第1号 平成10年3月」p103より参照・・

「正理の役割について」

正理による考察に耐えないもの
(=正理によっては得られないもの、正理〔知〕によって成立しないもの) 

1)正理による考察の範囲の内にあり、正理によって損なわれる(=否定される)もの
2)正理による考察の範囲の外にあり、正理による考察が加えられず、従って正理によって損なわれることがないもの

2)

a)《言説有》-「通常の言説知」あるいは「言説の量」即ち迷乱を生じさせる一時的な原因によって汚されていない明晰な感官知によって措定されるもの
b)《言説無》-「一時的な原因によって汚された感官知によって措定されるもの

・・参照ここまで。

次に、「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」・「第3章 正理のはたらき」p57-p98より参照・・

〔正理の理解1〕
正理による考察に耐えるもの・正理によって得られるもの・正理によって成立するもの=勝義的な存在すなわち実体有

〔正理の理解2〕
正理による考察に耐えるとされるものすなわち実体的な存在は、正理によって得られるべきものであり、またそれによって成立すべきものではあるが、中観論者にとってはそうした実体的な存在は正理によって得られることはなく、正理によって成立するものではない。

〔正理の理解3〕
正理によって得られないもの
(1)正理による考察に耐えるもの(=正理によって無いと認定されるもの/正理によって排撃・否定されるもの)例)実体有
(2)正理による考察に耐えないもの(=正理によって無いと認定されないもの/正理によって排撃・否定されないもの)例)言説有/通常の言説知によって虚偽とされる言説無

〔無自性と正理〕
無自性(正確には、言説有としての無自性)
1)正理による考察に耐えない。
2)正理によって得られる(成立する)。

《二諦説の二重構造》

〔広義の二諦説〕
・ことばを超えた世界(真の勝義の世界)
・ことばの世界(世俗の世界)

〔狭義の二諦説:ことばの世界の中の二諦説〕
・正理〔知〕 勝義(暫定的な勝義:世俗的勝義)としてはXは無いことを示す。
・言説〔知〕 言説(世俗)としてはXは有ることを示す。

・・参照ここまで。

以上において、ツォンカパ論師の捉えている「正理」に関しまして、参照としてまとめさせて頂きました。

とにかく、「非有・非無」の中道を理解するためには、「二諦説の二重構造」の理論をしっかりと理解していくことが大切であると考えております。

・・

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51963139.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110


2011年01月31日(Mon)▲ページの先頭へ
「非有・非無」の中道に関しての補足・3
「非有・非無」の中道に関しての補足・3

「ツォンカパにおける無自性論証と正理 四津谷孝道氏・論著 国際仏教学大学院大学研究紀要第1号 平成10年3月」p103より参照・・

「正理の役割について」

正理による考察に耐えないもの
(=正理によっては得られないもの、正理〔知〕によって成立しないもの) 

1)正理による考察の範囲の内にあり、正理によって損なわれる(=否定される)もの
2)正理による考察の範囲の外にあり、正理による考察が加えられず、従って正理によって損なわれることがないもの

2)

a)《言説有》-「通常の言説知」あるいは「言説の量」即ち迷乱を生じさせる一時的な原因によって汚されていない明晰な感官知によって措定されるもの
b)《言説無》-「一時的な原因によって汚された感官知によって措定されるもの

・・参照ここまで。

次に、「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」・「第3章 正理のはたらき」p57-p98より参照・・

〔正理の理解1〕
正理による考察に耐えるもの・正理によって得られるもの・正理によって成立するもの=勝義的な存在すなわち実体有

〔正理の理解2〕
正理による考察に耐えるとされるものすなわち実体的な存在は、正理によって得られるべきものであり、またそれによって成立すべきものではあるが、中観論者にとってはそうした実体的な存在は正理によって得られることはなく、正理によって成立するものではない。

〔正理の理解3〕
正理によって得られないもの
(1)正理による考察に耐えるもの(=正理によって無いと認定されるもの/正理によって排撃・否定されるもの)例)実体有
(2)正理による考察に耐えないもの(=正理によって無いと認定されないもの/正理によって排撃・否定されないもの)例)言説有/通常の言説知によって虚偽とされる言説無

〔無自性と正理〕
無自性(正確には、言説有としての無自性)
1)正理による考察に耐えない。
2)正理によって得られる(成立する)。

《二諦説の二重構造》

〔広義の二諦説〕
・ことばを超えた世界(真の勝義の世界)
・ことばの世界(世俗の世界)

〔狭義の二諦説:ことばの世界の中の二諦説〕
・正理〔知〕 勝義(暫定的な勝義:世俗的勝義)としてはXは無いことを示す。
・言説〔知〕 言説(世俗)としてはXは有ることを示す。

・・参照ここまで。

以上において、ツォンカパ論師の捉えている「正理」に関しまして、参照としてまとめさせて頂きました。

とにかく、「非有・非無」の中道を理解するためには、「二諦説の二重構造」の理論をしっかりと理解していくことが大切であると考えております。

・・

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51963139.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110


2011年01月28日(Fri)▲ページの先頭へ
「非有・非無」の中道に関しての補足・2
仏教参考書追加

「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣

ようやくに手に入れることができました。また機会を得て読み進めて参りたいと存じます。

「非有・非無」の中道に関しての補足・2

「帰謬派の離辺中観解釈 四津谷孝道氏・論著 駒澤大學佛敎學部論集第33號 平成14年10月」 p64より抜粋・・

・・ツォンカパの離辺中観解釈の特徴は以下の三点に纏められよう。

1)「諦」(=自性)が否定され、「諦無」(=空性、無自性)に執着する(=「諦無」と理解する)知が否定されることは不適当である。

2)「非有・非無」は、「勝義としては有ではなく、世俗としては無ではない」と理解すべきである。

3)分別によって捉えられた対象はすべて、真実を考察する正理によって否定されるべきではない。

・・ここまで。

「勝義としては有ではなく、世俗としては無ではない」・・

「世俗としては無ではない」ということに関しては、通常の世俗(=言説)というところにおいての『「効果的作用の能力」としての「事物」』というものは、もちろん、実在・実体・自性としてある「モノ・コト」というものではなく、属性(一般にあるものに共通して備わっているとされる性質や特徴)として、「言説」によって明確に限定づけられた観念によるものとして認められうるものであると考えられます。

一方で、世俗は世俗でも、「勝義的世俗」・「随順勝義」においては、「無自性」ということをめぐって、実体としての「無自性」は当然に否定されるが、非実体的な「無自性」は有るとして考えていくことが重要であると理解しています。

とにかく、ツォンカパ論師の「正理」に関する理解の整理も必要であります。

・・

「非有・非無」の中道に関しての補足・1

「帰謬派の離辺中観解釈 四津谷孝道氏・論著 駒澤大學佛敎學部論集第33號 平成14年10月」 p67-68より抜粋・・

・・事物には、勝義と世俗(=通常の言説)のいずれにおいても否定される「実体的な事物」と世俗において認められる「効果的作用の能力」としての「事物」が想定される。つまり、事物に関しては勝義としては「実体的な事物」は無いけれども(→勝義として「非有」)、世俗においては「効果的作用の能力」としての「事物」が有る(世俗として「非無」)。一方、「無自性」に関しても実体的な「無自性」(→「諦執」即ち「悪取空見」の対象としての「無自性」)と「勝義的世俗」と理解されるところの「随順勝義」として認められる「無自性」がある。つまり、世俗(=言説)レベルでは、前者は否定されるものであり、後者は否定されないものである。換言すれば、勝義としては「無自性」は成立しないが(→勝義としては非有)、世俗としては成立するのである(世俗としては非無)。
 ここで重要なのは、「事物」が認められる所の世俗は、「通常の世俗(=言説)」(rang dga' ba'i tha snyad)であると考えられ、「無自性」が認められる所の世俗は「勝義的世俗」即ち「随順勝義」であるということである。・・抜粋ここまで。

「無自性」についての実体視の扱い、「効果的作用の能力」としての「事物」の扱いをどのように理解していくかというところが一つの要点であると考えております。

・・

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を致しております。

第8章 自立論証批判(1)p282-283より抜粋・・

・・「中観」の「中」とは「非有・非無」すなわち「有」でもなく「無」でもないということを示し、それには少なくとも二つの理解があると考えられる。一つは、「非有・非無」ということをことば通りに捉え観想し、思惟のあらゆる対象を超えて得られる無分別な知の状態のことである。(勝義的離辺中道解釈)。もう一つは、先にも言及したように、「非有・非無」ということを「諸々の事物は、勝義においては無であり(→非有)、世俗としては有である(非無)」と理解し、「中」ということが明確に概念的な内容を伴ったものとして捉えられた分別知の状態のことである(二諦的離辺中道解釈)。
 そして、「中観論者」とは、究極的には、上の二つの「中」の理解のうち、前者に至るために後者の「中」を明らかにすることに努める人々、厳密に言えば、世俗においては有るとされるものを依拠としながら、それが勝義においては無であることを示すことによって、概念的思考を超えることに腐心する人々のことである、と考えられる。したがって、このような形で「ことばによってことばを超えること」、つまり「ことばによってことばを否定すること」に努める人々が、中観論者と考えられるのである。・・抜粋ここまで。

さて、やはりここで問題となるのは、「無分別知」を最高の真理として、勝義的離辺中道解釈、二諦的離辺中道解釈のどちらにしても「無分別知」を目指して、最終的には「戯論寂滅」を志向するのかどうかというところであります。現段階の私の見解では、やはり最終的に「戯論寂滅」を志向することについては懐疑的なところがあります。とにかく、ここのところは課題として考察継続であります。

・・

第3章 正理のはたらき p57より抜粋・・

縁起ということの理解を通して、実体的な有(sat)に対する執着である常見あるいは虚無としての無(asat)に対する執着である断見のいずれにも傾倒することなく、空に徹していくことが、中観思想の特徴の一つである。しかし、そのような中観思想は、自らが克服したはずの常見あるいは断見にすぐさま傾倒してゆく危険性を常に自らの中に潜ませている。もう少し具体的に述べれば、縁起ということの理解を通して得られた諸存在の空性そのものが逆に実体化・絶対化され、あるいは空に徹するあまり、実体的なものだけに止まらず、真理に至る過程において依拠となる言説あるいは世俗の世界までもが否定されてしまうという危険性が中観思想自身に常に潜在しているのである。・・抜粋ここまで。

ツォンカパ論師は、上記の危険性の回避をいかにして図ったのかをしっかりと見極めて理解していくことが重要となります。

・・

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読に入っております。

現代仏教は、果たして真なるお釈迦様の説かれた教えであると言えるかどうかは、95%ほど、違うと言わざるを得ないところがあるのではないかと考えております。特に大乗仏教に関しても、98%、怪しいと考えざるを得ないでしょう・・

現代仏教から、純粋仏教を抽出するとするならば、実在論・実体論、(ウパニシャッド・ヴェーダンタ的)一元論、(ジャイナ教的)二元論・相対主義・不定主義、更には、神秘主義的・反知性主義的不可知論、懐疑論といったものに当該する思想・哲学を現代仏教から排除していかなければなりません。

また、松本史朗氏の「基体説」からの批判的検討を加え、如来蔵思想・仏性思想的要素も完全に排除させなければなりません。もちろん、「基体説」から導き出される仏性内在論・仏性顕在論的要素についても排除させる必要があります。

そして、現代仏教における儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化といったことに関しても当然に排除対象となります。

上記の排除結果として、純粋に仏教と考えられる思想・哲学を抽出することによって、真なるお釈迦様の教えに関して、再構築をしていくことが大切になると考えております。

・・

「第一章 禅思想の意義」における「無分別知」を巡る議論については、特に刮目して理解する必要があります。

とにかく、「仏教」に関することにおいて、私たちが普段当たり前として何気なくこういうものであると、すっかりと信じて疑わないものとなってしまっていることであっても、しっかりと検証考察、批判的検討を行っていくことが大切であると痛切に感じるところでございます。

ただ、長年続いてきた慣行・慣習・慣例、伝統・習わし・しきたり・ルールだからと、何となくそれで正しいと鵜呑みにして過ごしていくということでは、時に既に危険な誤りに陥ってしまっていることもあります。

仏教史上においても、「無分別知」という概念に関して、それがまるであたかも「真理・悟り」へと至るための錦の御旗であるかのように宣揚され続けてしまってきている弊害について考えを及ぼすとき、その被害の甚大さは、いまだに計り知れないものがあると思われます。

仏教の歴史は、その初期の頃より、実在論・一元論、あるいは二元論、または、神秘主義的・反知性主義的不可知論へと傾斜してゆき、やがて仏教最大の真理要諦である「縁起」を破壊し、非仏教化の道を歩み続けてきてしまったことへの深い反省が必要であると存じております。

チベット仏教哲学の意義
『チベット仏教哲学』松本史朗著(大蔵出版)よりの抜粋の参照・・
http://page.freett.com/mishima/tibetph1.htm

・・

「第六章 深信因果について」p611から抜粋・・

「・・縁起説の解釈を決定的にするのは、縁起説が指示している宗教的時間の時間性を解消する方向に向かうのか、それともそれを死守しようとするのかという一点にあるのである。もしそれをひとが解消したければ、過去と未来は相対的であるとか、因と果は同時で相互に依存している(法界縁起)と説けばよいし、もしそれを守りたければ、因と果は"三世"として、相互に全く隔絶した不可逆のものとして厳然として存在していると論じなければならないのである。つまり、時間性の本質は因と果の隔絶性と不可逆性(一定方向性)にあるのである。すなわち、もし因と果の隔絶性を認めずに両者の連続性が説かれるとすれば、因果は異時なものとして別個にわかれて存在することはできず、同時なものとして一点に収束し、それによって時間は解消されてしまうので、それを防ぐために、因果の隔絶性、異時性が強調されなければならないのである。・・」・・ここまで。

非常に重要な内容であります。

しかし、再読が終わった松本史朗先生の「仏教思想論 上 大蔵出版」に続く「下巻」の刊行が誠に待ち遠しいですね。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2011年01月25日(Tue)▲ページの先頭へ
「非有・非無」の中道に関しての補足・1
「非有・非無」の中道に関しての補足・1

「帰謬派の離辺中観解釈 四津谷孝道氏・論著 駒澤大學佛ヘ學部論集第33號 平成14年10月」 p67-68より抜粋・・

・・事物には、勝義と世俗(=通常の言説)のいずれにおいても否定される「実体的な事物」と世俗において認められる「効果的作用の能力」としての「事物」が想定される。つまり、事物に関しては勝義としては「実体的な事物」は無いけれども(→勝義として「非有」)、世俗においては「効果的作用の能力」としての「事物」が有る(世俗として「非無」)。一方、「無自性」に関しても実体的な「無自性」(→「諦執」即ち「悪取空見」の対象としての「無自性」)と「勝義的世俗」と理解されるところの「随順勝義」として認められる「無自性」がある。つまり、世俗(=言説)レベルでは、前者は否定されるものであり、後者は否定されないものである。換言すれば、勝義としては「無自性」は成立しないが(→勝義としては非有)、世俗としては成立するのである(世俗としては非無)。
 ここで重要なのは、「事物」が認められる所の世俗は、「通常の世俗(=言説)」(rang dga' ba'i tha snyad)であると考えられ、「無自性」が認められる所の世俗は「勝義的世俗」即ち「随順勝義」であるということである。・・抜粋ここまで。

「無自性」についての実体視の扱い、「効果的作用の能力」としての「事物」の扱いをどのように理解していくかというところが一つの要点であると考えております。

・・

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を致しております。

第8章 自立論証批判(1)p282-283より抜粋・・

・・「中観」の「中」とは「非有・非無」すなわち「有」でもなく「無」でもないということを示し、それには少なくとも二つの理解があると考えられる。一つは、「非有・非無」ということをことば通りに捉え観想し、思惟のあらゆる対象を超えて得られる無分別な知の状態のことである。(勝義的離辺中道解釈)。もう一つは、先にも言及したように、「非有・非無」ということを「諸々の事物は、勝義においては無であり(→非有)、世俗としては有である(非無)」と理解し、「中」ということが明確に概念的な内容を伴ったものとして捉えられた分別知の状態のことである(二諦的離辺中道解釈)。
 そして、「中観論者」とは、究極的には、上の二つの「中」の理解のうち、前者に至るために後者の「中」を明らかにすることに努める人々、厳密に言えば、世俗においては有るとされるものを依拠としながら、それが勝義においては無であることを示すことによって、概念的思考を超えることに腐心する人々のことである、と考えられる。したがって、このような形で「ことばによってことばを超えること」、つまり「ことばによってことばを否定すること」に努める人々が、中観論者と考えられるのである。・・抜粋ここまで。

さて、やはりここで問題となるのは、「無分別知」を最高の真理として、勝義的離辺中道解釈、二諦的離辺中道解釈のどちらにしても「無分別知」を目指して、最終的には「戯論寂滅」を志向するのかどうかというところであります。現段階の私の見解では、やはり最終的に「戯論寂滅」を志向することについては懐疑的なところがあります。とにかく、ここのところは課題として考察継続であります。

・・

第3章 正理のはたらき p57より抜粋・・

縁起ということの理解を通して、実体的な有(sat)に対する執着である常見あるいは虚無としての無(asat)に対する執着である断見のいずれにも傾倒することなく、空に徹していくことが、中観思想の特徴の一つである。しかし、そのような中観思想は、自らが克服したはずの常見あるいは断見にすぐさま傾倒してゆく危険性を常に自らの中に潜ませている。もう少し具体的に述べれば、縁起ということの理解を通して得られた諸存在の空性そのものが逆に実体化・絶対化され、あるいは空に徹するあまり、実体的なものだけに止まらず、真理に至る過程において依拠となる言説あるいは世俗の世界までもが否定されてしまうという危険性が中観思想自身に常に潜在しているのである。・・抜粋ここまで。

ツォンカパ論師は、上記の危険性の回避をいかにして図ったのかをしっかりと見極めて理解していくことが重要となります。

・・

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読に入っております。

現代仏教は、果たして真なるお釈迦様の説かれた教えであると言えるかどうかは、95%ほど、違うと言わざるを得ないところがあるのではないかと考えております。特に大乗仏教に関しても、98%、怪しいと考えざるを得ないでしょう・・

現代仏教から、純粋仏教を抽出するとするならば、実在論・実体論、(ウパニシャッド・ヴェーダンタ的)一元論、(ジャイナ教的)二元論・相対主義・不定主義、更には、神秘主義的・反知性主義的不可知論、懐疑論といったものに当該する思想・哲学を現代仏教から排除していかなければなりません。

また、松本史朗氏の「基体説」からの批判的検討を加え、如来蔵思想・仏性思想的要素も完全に排除させなければなりません。もちろん、「基体説」から導き出される仏性内在論・仏性顕在論的要素についても排除させる必要があります。

そして、現代仏教における儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化といったことに関しても当然に排除対象となります。

上記の排除結果として、純粋に仏教と考えられる思想・哲学を抽出することによって、真なるお釈迦様の教えに関して、再構築をしていくことが大切になると考えております。

・・

「第一章 禅思想の意義」における「無分別知」を巡る議論については、特に刮目して理解する必要があります。

とにかく、「仏教」に関することにおいて、私たちが普段当たり前として何気なくこういうものであると、すっかりと信じて疑わないものとなってしまっていることであっても、しっかりと検証考察、批判的検討を行っていくことが大切であると痛切に感じるところでございます。

ただ、長年続いてきた慣行・慣習・慣例、伝統・習わし・しきたり・ルールだからと、何となくそれで正しいと鵜呑みにして過ごしていくということでは、時に既に危険な誤りに陥ってしまっていることもあります。

仏教史上においても、「無分別知」という概念に関して、それがまるであたかも「真理・悟り」へと至るための錦の御旗であるかのように宣揚され続けてしまってきている弊害について考えを及ぼすとき、その被害の甚大さは、いまだに計り知れないものがあると思われます。

仏教の歴史は、その初期の頃より、実在論・一元論、あるいは二元論、または、神秘主義的・反知性主義的不可知論へと傾斜してゆき、やがて仏教最大の真理要諦である「縁起」を破壊し、非仏教化の道を歩み続けてきてしまったことへの深い反省が必要であると存じております。

チベット仏教哲学の意義
『チベット仏教哲学』松本史朗著(大蔵出版)よりの抜粋の参照・・
http://page.freett.com/mishima/tibetph1.htm

・・

「第六章 深信因果について」p611から抜粋・・

「・・縁起説の解釈を決定的にするのは、縁起説が指示している宗教的時間の時間性を解消する方向に向かうのか、それともそれを死守しようとするのかという一点にあるのである。もしそれをひとが解消したければ、過去と未来は相対的であるとか、因と果は同時で相互に依存している(法界縁起)と説けばよいし、もしそれを守りたければ、因と果は"三世"として、相互に全く隔絶した不可逆のものとして厳然として存在していると論じなければならないのである。つまり、時間性の本質は因と果の隔絶性と不可逆性(一定方向性)にあるのである。すなわち、もし因と果の隔絶性を認めずに両者の連続性が説かれるとすれば、因果は異時なものとして別個にわかれて存在することはできず、同時なものとして一点に収束し、それによって時間は解消されてしまうので、それを防ぐために、因果の隔絶性、異時性が強調されなければならないのである。・・」・・ここまで。

非常に重要な内容であります。

しかし、再読が終わった松本史朗先生の「仏教思想論 上 大蔵出版」に続く「下巻」の刊行が誠に待ち遠しいですね。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2011年01月24日(Mon)▲ページの先頭へ
「非有・非無」の中道。勝義的離辺中道解釈と二諦的離辺中道解釈。
「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を致しております。

第8章 自立論証批判(1)p282-283より抜粋・・

・・「中観」の「中」とは「非有・非無」すなわち「有」でもなく「無」でもないということを示し、それには少なくとも二つの理解があると考えられる。一つは、「非有・非無」ということをことば通りに捉え観想し、思惟のあらゆる対象を超えて得られる無分別な知の状態のことである。(勝義的離辺中道解釈)。もう一つは、先にも言及したように、「非有・非無」ということを「諸々の事物は、勝義においては無であり(→非有)、世俗としては有である(非無)」と理解し、「中」ということが明確に概念的な内容を伴ったものとして捉えられた分別知の状態のことである(二諦的離辺中道解釈)。
 そして、「中観論者」とは、究極的には、上の二つの「中」の理解のうち、前者に至るために後者の「中」を明らかにすることに努める人々、厳密に言えば、世俗においては有るとされるものを依拠としながら、それが勝義においては無であることを示すことによって、概念的思考を超えることに腐心する人々のことである、と考えられる。したがって、このような形で「ことばによってことばを超えること」、つまり「ことばによってことばを否定すること」に努める人々が、中観論者と考えられるのである。・・抜粋ここまで。

さて、やはりここで問題となるのは、「無分別知」を最高の真理として、勝義的離辺中道解釈、二諦的離辺中道解釈のどちらにしても「無分別知」を目指して、最終的には「戯論寂滅」を志向するのかどうかというところであります。現段階の私の見解では、やはり最終的に「戯論寂滅」を志向することについては懐疑的なところがあります。とにかく、ここのところは課題として考察継続であります。

・・

第3章 正理のはたらき p57より抜粋・・

縁起ということの理解を通して、実体的な有(sat)に対する執着である常見あるいは虚無としての無(asat)に対する執着である断見のいずれにも傾倒することなく、空に徹していくことが、中観思想の特徴の一つである。しかし、そのような中観思想は、自らが克服したはずの常見あるいは断見にすぐさま傾倒してゆく危険性を常に自らの中に潜ませている。もう少し具体的に述べれば、縁起ということの理解を通して得られた諸存在の空性そのものが逆に実体化・絶対化され、あるいは空に徹するあまり、実体的なものだけに止まらず、真理に至る過程において依拠となる言説あるいは世俗の世界までもが否定されてしまうという危険性が中観思想自身に常に潜在しているのである。・・抜粋ここまで。

ツォンカパ論師は、上記の危険性の回避をいかにして図ったのかをしっかりと見極めて理解していくことが重要となります。

・・

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読に入っております。

現代仏教は、果たして真なるお釈迦様の説かれた教えであると言えるかどうかは、95%ほど、違うと言わざるを得ないところがあるのではないかと考えております。特に大乗仏教に関しても、98%、怪しいと考えざるを得ないでしょう・・

現代仏教から、純粋仏教を抽出するとするならば、実在論・実体論、(ウパニシャッド・ヴェーダンタ的)一元論、(ジャイナ教的)二元論・相対主義・不定主義、更には、神秘主義的・反知性主義的不可知論、懐疑論といったものに当該する思想・哲学を現代仏教から排除していかなければなりません。

また、松本史朗氏の「基体説」からの批判的検討を加え、如来蔵思想・仏性思想的要素も完全に排除させなければなりません。もちろん、「基体説」から導き出される仏性内在論・仏性顕在論的要素についても排除させる必要があります。

そして、現代仏教における儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化といったことに関しても当然に排除対象となります。

上記の排除結果として、純粋に仏教と考えられる思想・哲学を抽出することによって、真なるお釈迦様の教えに関して、再構築をしていくことが大切になると考えております。

・・

「第一章 禅思想の意義」における「無分別知」を巡る議論については、特に刮目して理解する必要があります。

とにかく、「仏教」に関することにおいて、私たちが普段当たり前として何気なくこういうものであると、すっかりと信じて疑わないものとなってしまっていることであっても、しっかりと検証考察、批判的検討を行っていくことが大切であると痛切に感じるところでございます。

ただ、長年続いてきた慣行・慣習・慣例、伝統・習わし・しきたり・ルールだからと、何となくそれで正しいと鵜呑みにして過ごしていくということでは、時に既に危険な誤りに陥ってしまっていることもあります。

仏教史上においても、「無分別知」という概念に関して、それがまるであたかも「真理・悟り」へと至るための錦の御旗であるかのように宣揚され続けてしまってきている弊害について考えを及ぼすとき、その被害の甚大さは、いまだに計り知れないものがあると思われます。

仏教の歴史は、その初期の頃より、実在論・一元論、あるいは二元論、または、神秘主義的・反知性主義的不可知論へと傾斜してゆき、やがて仏教最大の真理要諦である「縁起」を破壊し、非仏教化の道を歩み続けてきてしまったことへの深い反省が必要であると存じております。

チベット仏教哲学の意義
『チベット仏教哲学』松本史朗著(大蔵出版)よりの抜粋の参照・・
http://page.freett.com/mishima/tibetph1.htm

・・

「第六章 深信因果について」p611から抜粋・・

「・・縁起説の解釈を決定的にするのは、縁起説が指示している宗教的時間の時間性を解消する方向に向かうのか、それともそれを死守しようとするのかという一点にあるのである。もしそれをひとが解消したければ、過去と未来は相対的であるとか、因と果は同時で相互に依存している(法界縁起)と説けばよいし、もしそれを守りたければ、因と果は"三世"として、相互に全く隔絶した不可逆のものとして厳然として存在していると論じなければならないのである。つまり、時間性の本質は因と果の隔絶性と不可逆性(一定方向性)にあるのである。すなわち、もし因と果の隔絶性を認めずに両者の連続性が説かれるとすれば、因果は異時なものとして別個にわかれて存在することはできず、同時なものとして一点に収束し、それによって時間は解消されてしまうので、それを防ぐために、因果の隔絶性、異時性が強調されなければならないのである。・・」・・ここまで。

非常に重要な内容であります。

しかし、再読が終わった松本史朗先生の「仏教思想論 上 大蔵出版」に続く「下巻」の刊行が誠に待ち遠しいですね。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2011年01月20日(Thu)▲ページの先頭へ
「ツォンカパの中観思想 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読開始
「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を致しております。

第3章 正理のはたらき p57より抜粋・・

縁起ということの理解を通して、実体的な有(sat)に対する執着である常見あるいは虚無としての無(asat)に対する執着である断見のいずれにも傾倒することなく、空に徹していくことが、中観思想の特徴の一つである。しかし、そのような中観思想は、自らが克服したはずの常見あるいは断見にすぐさま傾倒してゆく危険性を常に自らの中に潜ませている。もう少し具体的に述べれば、縁起ということの理解を通して得られた諸存在の空性そのものが逆に実体化・絶対化され、あるいは空に徹するあまり、実体的なものだけに止まらず、真理に至る過程において依拠となる言説あるいは世俗の世界までもが否定されてしまうという危険性が中観思想自身に常に潜在しているのである。・・抜粋ここまで。

ツォンカパ論師は、上記の危険性の回避をいかにして図ったのかをしっかりと見極めて理解していくことが重要となります。

・・

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読に入っております。

現代仏教は、果たして真なるお釈迦様の説かれた教えであると言えるかどうかは、95%ほど、違うと言わざるを得ないところがあるのではないかと考えております。特に大乗仏教に関しても、98%、怪しいと考えざるを得ないでしょう・・

現代仏教から、純粋仏教を抽出するとするならば、実在論・実体論、(ウパニシャッド・ヴェーダンタ的)一元論、(ジャイナ教的)二元論・相対主義・不定主義、更には、神秘主義的・反知性主義的不可知論、懐疑論といったものに当該する思想・哲学を現代仏教から排除していかなければなりません。

また、松本史朗氏の「基体説」からの批判的検討を加え、如来蔵思想・仏性思想的要素も完全に排除させなければなりません。もちろん、「基体説」から導き出される仏性内在論・仏性顕在論的要素についても排除させる必要があります。

そして、現代仏教における儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化といったことに関しても当然に排除対象となります。

上記の排除結果として、純粋に仏教と考えられる思想・哲学を抽出することによって、真なるお釈迦様の教えに関して、再構築をしていくことが大切になると考えております。

・・

「第一章 禅思想の意義」における「無分別知」を巡る議論については、特に刮目して理解する必要があります。

とにかく、「仏教」に関することにおいて、私たちが普段当たり前として何気なくこういうものであると、すっかりと信じて疑わないものとなってしまっていることであっても、しっかりと検証考察、批判的検討を行っていくことが大切であると痛切に感じるところでございます。

ただ、長年続いてきた慣行・慣習・慣例、伝統・習わし・しきたり・ルールだからと、何となくそれで正しいと鵜呑みにして過ごしていくということでは、時に既に危険な誤りに陥ってしまっていることもあります。

仏教史上においても、「無分別知」という概念に関して、それがまるであたかも「真理・悟り」へと至るための錦の御旗であるかのように宣揚され続けてしまってきている弊害について考えを及ぼすとき、その被害の甚大さは、いまだに計り知れないものがあると思われます。

仏教の歴史は、その初期の頃より、実在論・一元論、あるいは二元論、または、神秘主義的・反知性主義的不可知論へと傾斜してゆき、やがて仏教最大の真理要諦である「縁起」を破壊し、非仏教化の道を歩み続けてきてしまったことへの深い反省が必要であると存じております。

チベット仏教哲学の意義
『チベット仏教哲学』松本史朗著(大蔵出版)よりの抜粋の参照・・
http://page.freett.com/mishima/tibetph1.htm

・・

「第六章 深信因果について」p611から抜粋・・

「・・縁起説の解釈を決定的にするのは、縁起説が指示している宗教的時間の時間性を解消する方向に向かうのか、それともそれを死守しようとするのかという一点にあるのである。もしそれをひとが解消したければ、過去と未来は相対的であるとか、因と果は同時で相互に依存している(法界縁起)と説けばよいし、もしそれを守りたければ、因と果は"三世"として、相互に全く隔絶した不可逆のものとして厳然として存在していると論じなければならないのである。つまり、時間性の本質は因と果の隔絶性と不可逆性(一定方向性)にあるのである。すなわち、もし因と果の隔絶性を認めずに両者の連続性が説かれるとすれば、因果は異時なものとして別個にわかれて存在することはできず、同時なものとして一点に収束し、それによって時間は解消されてしまうので、それを防ぐために、因果の隔絶性、異時性が強調されなければならないのである。・・」・・ここまで。

非常に重要な内容であります。

しかし、再読が終わった松本史朗先生の「仏教思想論 上 大蔵出版」に続く「下巻」の刊行が誠に待ち遠しいですね。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2011年01月18日(Tue)▲ページの先頭へ
純粋仏教の再構築
「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読に入っております。

現代仏教は、果たして真なるお釈迦様の説かれた教えであると言えるかどうかは、95%ほど、違うと言わざるを得ないところがあるのではないかと考えております。特に大乗仏教に関しても、98%、怪しいと考えざるを得ないでしょう・・

現代仏教から、純粋仏教を抽出するとするならば、実在論・実体論、(ウパニシャッド・ヴェーダンタ的)一元論、(ジャイナ教的)二元論・相対主義・不定主義、更には、神秘主義的・反知性主義的不可知論、懐疑論といったものに当該する思想・哲学を現代仏教から排除していかなければなりません。

また、松本史朗氏の「基体説」からの批判的検討を加え、如来蔵思想・仏性思想的要素も完全に排除させなければなりません。もちろん、「基体説」から導き出される仏性内在論・仏性顕在論的要素についても排除させる必要があります。

そして、現代仏教における儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化といったことに関しても当然に排除対象となります。

上記の排除結果として、純粋に仏教と考えられる思想・哲学を抽出することによって、真なるお釈迦様の教えに関して、再構築をしていくことが大切になると考えております。

・・

「第一章 禅思想の意義」における「無分別知」を巡る議論については、特に刮目して理解する必要があります。

とにかく、「仏教」に関することにおいて、私たちが普段当たり前として何気なくこういうものであると、すっかりと信じて疑わないものとなってしまっていることであっても、しっかりと検証考察、批判的検討を行っていくことが大切であると痛切に感じるところでございます。

ただ、長年続いてきた慣行・慣習・慣例、伝統・習わし・しきたり・ルールだからと、何となくそれで正しいと鵜呑みにして過ごしていくということでは、時に既に危険な誤りに陥ってしまっていることもあります。

仏教史上においても、「無分別知」という概念に関して、それがまるであたかも「真理・悟り」へと至るための錦の御旗であるかのように宣揚され続けてしまってきている弊害について考えを及ぼすとき、その被害の甚大さは、いまだに計り知れないものがあると思われます。

仏教の歴史は、その初期の頃より、実在論・一元論、あるいは二元論、または、神秘主義的・反知性主義的不可知論へと傾斜してゆき、やがて仏教最大の真理要諦である「縁起」を破壊し、非仏教化の道を歩み続けてきてしまったことへの深い反省が必要であると存じております。

チベット仏教哲学の意義
『チベット仏教哲学』松本史朗著(大蔵出版)よりの抜粋の参照・・
http://page.freett.com/mishima/tibetph1.htm

・・

「第六章 深信因果について」p611から抜粋・・

「・・縁起説の解釈を決定的にするのは、縁起説が指示している宗教的時間の時間性を解消する方向に向かうのか、それともそれを死守しようとするのかという一点にあるのである。もしそれをひとが解消したければ、過去と未来は相対的であるとか、因と果は同時で相互に依存している(法界縁起)と説けばよいし、もしそれを守りたければ、因と果は"三世"として、相互に全く隔絶した不可逆のものとして厳然として存在していると論じなければならないのである。つまり、時間性の本質は因と果の隔絶性と不可逆性(一定方向性)にあるのである。すなわち、もし因と果の隔絶性を認めずに両者の連続性が説かれるとすれば、因果は異時なものとして別個にわかれて存在することはできず、同時なものとして一点に収束し、それによって時間は解消されてしまうので、それを防ぐために、因果の隔絶性、異時性が強調されなければならないのである。・・」・・ここまで。

非常に重要な内容であります。

しかし、再読が終わった松本史朗先生の「仏教思想論 上 大蔵出版」に続く「下巻」の刊行が誠に待ち遠しいですね。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2011年01月04日(Tue)▲ページの先頭へ
本年の抱負
明けましておめでとうございます。本年も誠に宜しくお願い申し上げます。

さて、新年が始まり、とにかく施本第六弾発行へ向けて本格的に取り組みたいと考えております。

大乗仏教に関わっている寺院僧侶関係各位においては、現代仏教再生のためにも、顕経の学びをしっかりと進め、しっかりと仏教哲学に関する知見をしっかりと得てからの実践活動が大切なことであると常々に考えております。特には、ナーガールジュナ論師、チャンドラキールティ論師、ツォンカパ論師、ダルマキールティ論師、法蔵論師の五大論師の思想哲学の概要ぐらいは理解しておかなければならないと存じております。五大論師の思想哲学を学んだ後に、現代の各宗旨宗派におけるそれぞれの宗旨・教義・法務に活かしての実践活動が求められると考えております。

現代日本仏教における問題点に関しましては、施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の「第十三章・現代日本仏教の抱える課題について」におきまして、述べさせて頂いておりましたように、儀礼祭祀的な形式面にとらわれてしまっての形骸化、現世利益的な祈祷・祈願・呪術の受容拡大などの神秘主義化・雑密(純密とは違う)化、また、土着信仰との融合や神仏習合などによっての教理の曖昧化、更には、葬式仏教・職業仏教・世襲仏教・世俗仏教などへの批判と、課題は山積しております。

これらの課題解決へ向けては、今一度大乗仏教の基本的な思想哲学を日本大乗仏教の寺院僧侶関係各位が学び直すことから始めていく必要があると思っておりまして、若輩、浅学菲才の未熟者でございます私自身もよりいっそうに精進努力していかなければならないと考えております。

・・

とにかく、自身、これからの仏教哲学の論考考察に関しましては、ナーガールジュナ論師、チャンドラキールティ論師、ツォンカパ論師、ダルマキールティ論師、法蔵論師、この五大論師の思想哲学について集中的に学びを進めていけましたらと存じております。

最近、法蔵論師の華厳哲学が一部で密かなブームになっているような気がしておりまして、久しぶりに「渾沌への視座 哲学としての華厳仏教 山田史生著 春秋社」の再読を致しております。

・・

本年の抱負は、とにかく施本第六弾発行へ向けて、仏教論考考察の尚一層の精進と、これまでの諸活動の見直しを進めて、志意義ある活動への本格的取り組みへ向けた準備に努力して参りたいと考えております。

・・

Twitterを本格的に開始しようと思います。アカウントをようやく稼働させます。
「hide1125」です。
http://twitter.com/#!/hide1125

このブログのサイドバーにも貼り付けました。iPhoneから随時に私の色々な現状についてのつぶやきを更新していけれましたらと考えております。仏教思想の論考考察のためにメモ的に使う可能性もあります。

しばらく仏教論考考察を小休止致しておりますが、そろそろ再開を考えております。下記いずれかの論考の続きをと思っています。

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

・・

さて、しばらく仏教論考考察を小休止致しております間にも、仏教に関する書物は色々と読み進めております。

「龍樹―あるように見えても「空」という (構築された仏教思想) 石飛道子著・佼成出版社」・「入門 哲学としての仏教・竹村牧男著・講談社現代新書」、「ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説『中論』 黒崎宏著 哲学書房」の再読、そして、更には「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら 架神恭介著 イカロス出版」、「法蔵-「一即一切」という法界縁起 (構築された仏教思想) 吉津宜英著 佼成出版社」と読み進めさせて頂きました。

この中で特には、「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」は、なかなか面白い内容でありましたが、私と致しましては、やたらと本文中に出てくる「全体ドカーン」に関してのことは、やや異議あるところであります。しかし、仏教についての大まかな流れ、概要を知るには非常に参考となる内容ではないかと存じます。また、中観思想に関しても一瞥の価値ある内容でありました。

とにかく一つ一つであります。。

・・

ボランティア論
http://hide-1.jugem.jp/?eid=409

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年12月21日(Tue)▲ページの先頭へ
「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」を一読
さて、しばらく仏教論考考察を小休止致しております間にも、仏教に関する書物は色々と読み進めております。

「龍樹―あるように見えても「空」という (構築された仏教思想) 石飛道子著・佼成出版社」・「入門 哲学としての仏教・竹村牧男著・講談社現代新書」、「ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説『中論』 黒崎宏著 哲学書房」の再読、そして、更には「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら 架神恭介著 イカロス出版」、「法蔵-「一即一切」という法界縁起 (構築された仏教思想) 吉津宜英著 佼成出版社」と読み進めさせて頂きました。

この中で特には、「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」は、なかなか面白い内容でありましたが、私と致しましては、やたらと本文中に出てくる「全体ドカーン」に関してのことは、やや異議あるところであります。しかし、仏教についての大まかな流れ、概要を知るには非常に参考となる内容ではないかと存じます。また、中観思想に関しても一瞥の価値ある内容でありました。

とにかく一つ一つであります。。

・・

しばらく仏教論考考察を小休止致しておりますが、現在、改めまして、「ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説『中論』 黒崎宏著 哲学書房」を読み進めております。

龍樹(ナーガールジュナ)論師の「中論」は、大乗仏教の基本書中の基本書であります。

しかし、非常に重要な論でありますが、未だ龍樹論師が実際に著したとされるサンスクリット原本は発見されておらず、謎に包まれているところもあり、更に解釈も難解な論であります。現在、「中論」としてまとめられておりますのは、様々な論師による注釈書によるところでもあります。

そのため、解釈の相違による思想的差異が生じてしまう要因ともなってしまっているのでありますが、真なる龍樹論師の意図する釈尊の教えへの原点回帰を図る上でも、慎重にその内容の理解を進めていく必要があります。

「中論」を原点とする仏教思想「中観思想」の展開を学んでいくためにも、様々な視点から、この論を見極めていくことが大切なこととなります。

とにかく一歩一歩であります。

・・

仏教論考考察を小休止致しております間、「入門 哲学としての仏教・竹村牧男著・講談社現代新書」を通読致しました。

竹村牧男氏は、唯識思想・華厳思想・禅思想、西田幾多郎・鈴木大拙思想の研究家であり、これまでの仏教の学びを進めていく上で、多くの著書を読ませて頂きました。

私が最近傾注考察致しております松本史朗氏の批判的研究と竹村牧男氏の研究とをあえて対比致しますと、まさに両者の考え方は、前者を反如来蔵思想、後者を如来蔵思想の立場として、相反、両極をなします。

そのため、両者の考え方を比較検討吟味していくことは、仏教の論考考察の上で非常に意義があるのではないかと考えています。

これまでの私の拙い学びの成果として発行させて頂いております施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」における内容においては、どちらかと言いますと、竹村牧男氏よりの解釈に近いところがあるかもしれません。

しかし、私は如来蔵思想に関しては、明確に批判的な立場で展開しており、そのため、解釈が両者の折衷的、曖昧なところに陥っているということも言えるところでございます。

もちろん、竹村牧男氏が如来蔵思想の擁護的立場にあるのかどうかというところも、もう少し慎重に掘り下げて吟味する必要があると思われますので、松本史朗氏の批判的研究と対比しての考察を今後の課題として進めていけましたらと考えております。

・・

とにかく、中観思想の学びを進めて、空の思想における「増益と損減」を離れての理解を正しくしていくことが大切なこととなります。

増益とは、過剰な肯定、損減とは、過剰な否定というものであります。

過剰な肯定とは、簡単に述べますとモノ・コトを実体視してしまうことで、過剰な否定とは、「縁起」としてのあり方さえも否定してしまうことであります。

「増益と損減」を離れて、この絶妙のバランスを保って、「縁起」のあり方を捉えて理解していくこと・・これが「中観」というものであります。

とにかく一つ一つ一歩一歩です。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年12月07日(Tue)▲ページの先頭へ
「入門 哲学としての仏教・竹村牧男著・講談社現代新書」を通読
しばらく仏教論考考察を小休止致しております間、「入門 哲学としての仏教・竹村牧男著・講談社現代新書」を通読致しました。

竹村牧男氏は、唯識思想・華厳思想・禅思想、西田幾多郎・鈴木大拙思想の研究家であり、これまでの仏教の学びを進めていく上で、多くの著書を読ませて頂きました。

私が最近傾注考察致しております松本史朗氏の批判的研究と竹村牧男氏の研究とをあえて対比致しますと、まさに両者の考え方は、前者を反如来蔵思想、後者を如来蔵思想の立場として、相反、両極をなします。

そのため、両者の考え方を比較検討吟味していくことは、仏教の論考考察の上で非常に意義があるのではないかと考えています。

これまでの私の拙い学びの成果として発行させて頂いております施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」における内容においては、どちらかと言いますと、竹村牧男氏よりの解釈に近いところがあるかもしれません。

しかし、私は如来蔵思想に関しては、明確に批判的な立場で展開しており、そのため、解釈が両者の折衷的、曖昧なところに陥っているということも言えるところでございます。

もちろん、竹村牧男氏が如来蔵思想の擁護的立場にあるのかどうかというところも、もう少し慎重に掘り下げて吟味する必要があると思われますので、松本史朗氏の批判的研究と対比しての考察を今後の課題として進めていけましたらと考えております。

・・

とにかく、中観思想の学びを進めて、空の思想における「増益と損減」を離れての理解を正しくしていくことが大切なこととなります。

増益とは、過剰な肯定、損減とは、過剰な否定というものであります。

過剰な肯定とは、簡単に述べますとモノ・コトを実体視してしまうことで、過剰な否定とは、「縁起」としてのあり方さえも否定してしまうことであります。

「増益と損減」を離れて、この絶妙のバランスを保って、「縁起」のあり方を捉えて理解していくこと・・これが「中観」というものであります。

とにかく一つ一つ一歩一歩です。

・・

仏教論考考察

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月22日(Mon)▲ページの先頭へ
「基体説」論考4
「基体説」論考4

さて、今回は「基体説」のもたらす弊害につきまして考えて参りたいと存じます。

まず、松本史郎氏の関連論考を参考と致しまして、松本史郎氏が「基体説」の弊害として述べられていると思われる主張に関して、私なりに少しメモ程度にまとめさせて頂きますと、

『安易な空思想は最悪の現実肯定の理論となる。それは、「不二」や「即」の名のもとに楽天的な"同一性"を説き、密教を擁護する理論となる。』

『現実と実在の全面的同一性』の理論となる。

『(空の思想が)一切を単純に否定する気楽なニヒリズムと、それに裏うちされた全面肯定の楽天主義』に陥る。

『善悪を超えた一元の立場から善悪をそのまま容認する現実肯定的、最善主義的な』思想に陥り、何らの問題(迷い・苦しみ)の解決にもならない。

『原理的な同一、無差別を言うことによって、かえって現実的な差別を肯定し、絶対化する』というものとなる。

『原理的な同一性、無差別性を言いながら、最終的には現実の種姓や諸法の差別を述べることで終わる。』

『無差別平等なる「一」によって、差別たる現実の「多」の実在性が根拠づけられる』ことにより、『現実的差別が固定化・絶対化』されてしまうということになる。

以上の松本氏の主要な主張を鑑みますと、仏教思想における「現実肯定化・同一化・固定化・絶対化」、そして、特には「差別の肯定化・絶対化」といったことを弊害として簡潔にまとめることができ、更には、「仏教の曖昧化」、「仏教の堕落化・腐敗化・退廃化」といったことも考えることができます。

更に上記より導き出されるより具体的な弊害としては、「仏教の反知的神秘主義化」を招き、「教説・修行の神秘化・密教化、あるいは魔性化」傾向が顕著となる、また、「全面肯定論」から「修行不要論」・「仏教不要論」への転落といったことなどが考えられます。

次に、仏教思想が非仏教化していくことに大きく影響した思想について考察して参りたいと思います。

・・

「基体説」論考3

如来蔵・仏性思想において、最も重大な問題は、「実体的な存在」を是認しているのかどうかということでありますが、残念ながら、これまでの私なりに進めて参りました仏教論考考察の結果として、松本史朗氏の「基体説」によって明確に説明されるように「実体的な存在」を是認していると言わざるを得ないものと考えることができ、松本史朗氏の「如来蔵(仏性)思想は仏教にあらず」という見解は追認するべきであると言えます。

これまで、考察の俎上に何度も挙げて参りました「基体説」とは、『存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」』というものであります。仏教が、上記のような「基体」を想定・仮定・仮説し、「現実肯定の理論」へと転落して、非仏教化していく経緯の中においては、様々に「最終的基体」(dhātu)に関しての表現が成されて説明されていることが伺えます。

今までの私なりの仏教論考考察から思いつくままにそれらの例をまずは挙げてみましょう。中には、意外と思われる単語も含まれているかも知れませんが、「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いものとしてご理解を頂けましたらと存じます。

「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いと考えられる単語

最終的基体・究極的真理・諸法の基体・万物の根源

単一実在論・一元論的我論・発生論的一元論・絶対的一元論・超越的一元論・神秘的同一論

無執着・無所有・無所得・無処住・無所住・無基体

無区別・無分別・不二・離辺・断辺・八不中道・不生不滅・非有非無・百非・絶無

無明即明・煩悩即菩提・生死即涅槃・世俗諦即勝義諦

言忘慮絶・言語道断・絶言絶思・無念無想・無戯論・戯論寂滅・不思不観・無名・無記・不可知主義・反知的神秘主義・神秘的不可説

無基体の基体・無基底の基底・無限の無・無立場の立場・絶対無・絶対的絶対

真理・真如・涅槃・虚空・虚無・空寂・法性・法界・法身・実際・実義・一実・一如・一相・平等・無相・法位・無為・真諦・真性・実諦・実際・如実・実相・自性清浄

もう少し厳密に分析していかなければなりませんし、明確に分類したわけではありませんが、以上のような単語を挙げることができるのではないかと考えています。

さて、それでは「基体説」のもたらす弊害とはどのようなものとなるのでしょうか。次に少し考えて参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月18日(Thu)▲ページの先頭へ
「基体説」論考3
「基体説」論考3

如来蔵・仏性思想において、最も重大な問題は、「実体的な存在」を是認しているのかどうかということでありますが、残念ながら、これまでの私なりに進めて参りました仏教論考考察の結果として、松本史朗氏の「基体説」によって明確に説明されるように「実体的な存在」を是認していると言わざるを得ないものと考えることができ、松本史朗氏の「如来蔵(仏性)思想は仏教にあらず」という見解は追認するべきであると言えます。

これまで、考察の俎上に何度も挙げて参りました「基体説」とは、『存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」』というものであります。仏教が、上記のような「基体」を想定・仮定・仮説し、「現実肯定の理論」へと転落して、非仏教化していく経緯の中においては、様々に「最終的基体」(dhātu)に関しての表現が成されて説明されていることが伺えます。

今までの私なりの仏教論考考察から思いつくままにそれらの例をまずは挙げてみましょう。中には、意外と思われる単語も含まれているかも知れませんが、「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いものとしてご理解を頂けましたらと存じます。

「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いと考えられる単語

最終的基体・究極的真理・諸法の基体・万物の根源

単一実在論・一元論的我論・発生論的一元論・絶対的一元論・超越的一元論・神秘的同一論

無執着・無所有・無所得・無処住・無所住・無基体

無区別・無分別・不二・離辺・断辺・八不中道・不生不滅・非有非無・百非・絶無

無明即明・煩悩即菩提・生死即涅槃・世俗諦即勝義諦

言忘慮絶・言語道断・絶言絶思・無念無想・無戯論・戯論寂滅・不思不観・無名・無記・不可知主義・反知的神秘主義・神秘的不可説

無基体の基体・無基底の基底・無限の無・無立場の立場・絶対無・絶対的絶対

真理・真如・涅槃・虚空・虚無・空寂・法性・法界・法身・実際・実義・一実・一如・一相・平等・無相・法位・無為・真諦・真性・実諦・実際・如実・実相・自性清浄

もう少し厳密に分析していかなければなりませんし、明確に分類したわけではありませんが、以上のような単語を挙げることができるのではないかと考えています。

さて、それでは「基体説」のもたらす弊害とはどのようなものとなるのでしょうか。次に少し考えて参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考2

今回は、「如来蔵・仏性思想」の根本的な問題について考えて参りたいと存じます。

この問題については、下記の論考が非常に参考となるものであります。

「如来蔵・仏性思想の問題点」
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar3.pdf

少し参考までに本文を見て参りましょう。

如来蔵・仏性思想を説く経典としては、『如来蔵経』『勝鬘経』『大乗涅槃経』『楞伽経』などがあり、論としては『宝性論』(Sthiramati ?)『仏性論』(世親 Vasubandhu)『大乗起信論』(馬鳴 ASvaghoXa ?)『摂大乗論』(無著 AsaGga)などがある。

その他、法華経、華厳経、大日経、金剛頂経、理趣経など、中期・後期大乗仏教の主要教典においても如来蔵・仏性思想の影響が色濃く反映されている内容となっていると言えます。

如来蔵思想・仏性思想とは何か

衆生のうちには、仏・如来、あるいは仏と違わない本来清らかな心(自性清浄心)が宿っており、客塵煩悩(āgantuka kleśa)によって覆われているが、その覆いを取り去ることによって成仏が可能となる、という思想。

如来蔵・仏性思想は異端か

仏教は無我説、すなわち、唯一の根源的実在を認めない。しかるに、"dhātu"なる語は、根源的実在・諸法の発生根拠という意味をもち、そのようなものを認めることは無我説に反する。また、如来蔵思想とウパニシャッド哲学との類似性が指摘されている。ウパニシャッド(ベーダーンタ)とは、釈尊が批判した対象に他ならないから、これが反仏教思想であることが結論される。

如来蔵・仏性思想は平等思想か

大乗涅槃経にある「一切衆生悉有仏性」を単純に「一切の衆生は成仏の可能性が有る」とか、平等思想の宣言だとみなしてはならない。この文言の後には必ず、「一闡堤(いっせんだい、icchantika)を除く 」という語が付加されていて、「一闡堤」と呼ばれるある種の人々は、永久に仏に成ることができない、という差別的な立場が明記されているからである。

・・参照ここまで。

上記に見ましたように、如来蔵・仏性思想の大きな問題点として、一つには、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立する「根源的実在」を認める考えとなってしまうということ、もう一つは、「差別思想」であるということの二点を挙げることができます。

後者の「差別思想」に関しては、また機会を得て考察していくこととして、ここでは如来蔵・仏性を「根源的実在」として認める考えの弊害について、次回は扱って参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1

前回は、『「場所の哲学」と仏教』ということについて述べさせて頂きまして、今回は、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を松本史郎氏提唱の「基体説」を視座として、「基体説」の内実、または『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の内実とは、いったいどのようなものであるのかにつきまして考えて参りたいと存じます。

「基体説」・『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』の基本的な考え方は端的に申しますと、存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」であります。

存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理を説明していこうとする考え方は、宗教と哲学の両者共の至上命題である「真理の探究」の趣旨に適うことであります。

しかし、「真理の探究」において「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」というものを想定・仮定・仮説してしまうことは、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立することになるはずであります。ところが、長い仏教史上において、特に「空」・「無我」の概念から大きく逸脱していく教説が展開されてゆくこととなってしまいます。それが、いわゆる「如来蔵・仏性思想」というものであります。

「如来蔵・仏性思想」に関しましては、拙著施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の第九章「仏性思想・如来蔵思想について」におきましてある程度詳しく述べさせて頂いておりますので参照して頂ければと存じます。

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html

第九章「仏性思想・如来蔵思想について」
http://oujyouin.com/enginorikai9.html

そこで、今一度、「如来蔵」・「仏性」というものは、果たしてどのようなものであるのかということを理解していければと考えています。もしも、「如来蔵」・「仏性」というものを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるとして認めるならば、「空」・「無我」の概念からは説明がつかなくなってしまいます。かといって、認めないならば、どうして「如来蔵」・「仏性」というような概念が出てきてしまったのか、ということを考えていかなければなりません。このことについては、上記の「仏性思想・如来蔵思想について」の考察の中でも少し触れていることではありますが、次にもう少し詳しく扱って参りたいと存じます。

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月16日(Tue)▲ページの先頭へ
「基体説」論考2
「基体説」論考2

今回は、「如来蔵・仏性思想」の根本的な問題について考えて参りたいと存じます。

この問題については、下記の論考が非常に参考となるものであります。

「如来蔵・仏性思想の問題点」
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar3.pdf

少し参考までに本文を見て参りましょう。

如来蔵・仏性思想を説く経典としては、『如来蔵経』『勝鬘経』『大乗涅槃経』『楞伽経』などがあり、論としては『宝性論』(Sthiramati ?)『仏性論』(世親 Vasubandhu)『大乗起信論』(馬鳴 ASvaghoXa ?)『摂大乗論』(無著 AsaGga)などがある。

その他、法華経、華厳経、大日経、金剛頂経、理趣経など、中期・後期大乗仏教の主要教典においても如来蔵・仏性思想の影響が色濃く反映されている内容となっていると言えます。

如来蔵思想・仏性思想とは何か

衆生のうちには、仏・如来、あるいは仏と違わない本来清らかな心(自性清浄心)が宿っており、客塵煩悩(āgantuka kleśa)によって覆われているが、その覆いを取り去ることによって成仏が可能となる、という思想。

如来蔵・仏性思想は異端か

仏教は無我説、すなわち、唯一の根源的実在を認めない。しかるに、"dhātu"なる語は、根源的実在・諸法の発生根拠という意味をもち、そのようなものを認めることは無我説に反する。また、如来蔵思想とウパニシャッド哲学との類似性が指摘されている。ウパニシャッド(ベーダーンタ)とは、釈尊が批判した対象に他ならないから、これが反仏教思想であることが結論される。

如来蔵・仏性思想は平等思想か

大乗涅槃経にある「一切衆生悉有仏性」を単純に「一切の衆生は成仏の可能性が有る」とか、平等思想の宣言だとみなしてはならない。この文言の後には必ず、「一闡堤(いっせんだい、icchantika)を除く 」という語が付加されていて、「一闡堤」と呼ばれるある種の人々は、永久に仏に成ることができない、という差別的な立場が明記されているからである。

・・参照ここまで。

上記に見ましたように、如来蔵・仏性思想の大きな問題点として、一つには、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立する「根源的実在」を認める考えとなってしまうということ、もう一つは、「差別思想」であるということの二点を挙げることができます。

後者の「差別思想」に関しては、また機会を得て考察していくこととして、ここでは如来蔵・仏性を「根源的実在」として認める考えの弊害について、次回は扱って参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1

前回は、『「場所の哲学」と仏教』ということについて述べさせて頂きまして、今回は、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を松本史郎氏提唱の「基体説」を視座として、「基体説」の内実、または『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の内実とは、いったいどのようなものであるのかにつきまして考えて参りたいと存じます。

「基体説」・『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』の基本的な考え方は端的に申しますと、存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」であります。

存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理を説明していこうとする考え方は、宗教と哲学の両者共の至上命題である「真理の探究」の趣旨に適うことであります。

しかし、「真理の探究」において「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」というものを想定・仮定・仮説してしまうことは、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立することになるはずであります。ところが、長い仏教史上において、特に「空」・「無我」の概念から大きく逸脱していく教説が展開されてゆくこととなってしまいます。それが、いわゆる「如来蔵・仏性思想」というものであります。

「如来蔵・仏性思想」に関しましては、拙著施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の第九章「仏性思想・如来蔵思想について」におきましてある程度詳しく述べさせて頂いておりますので参照して頂ければと存じます。

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html

第九章「仏性思想・如来蔵思想について」
http://oujyouin.com/enginorikai9.html

そこで、今一度、「如来蔵」・「仏性」というものは、果たしてどのようなものであるのかということを理解していければと考えています。もしも、「如来蔵」・「仏性」というものを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるとして認めるならば、「空」・「無我」の概念からは説明がつかなくなってしまいます。かといって、認めないならば、どうして「如来蔵」・「仏性」というような概念が出てきてしまったのか、ということを考えていかなければなりません。このことについては、上記の「仏性思想・如来蔵思想について」の考察の中でも少し触れていることではありますが、次にもう少し詳しく扱って参りたいと存じます。

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月10日(Wed)▲ページの先頭へ
「場所の哲学」と仏教
さて、前回は、松本史朗氏の「基体説」の解説につきまして詳しくその内容を見たところでございます。「基体説」は、如来蔵(仏性)思想批判において展開された松本史朗氏による提唱の説でございますが、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を詳しく知見することのできる極めて有効な説でもあり、純粋な仏教とは一体どのようなものであるかを考察していく上で、重要な視座を示しているものであると考えております。

「基体説」は、ある意味で哲学におけるトポス論の一つであると考えることができます。「トポス」(topos)とは、「場所」のことを表しますが、存在・現象の基体としての「場所」について探究を行うのが、トポス論であります。最も有名であるのが、西田幾多郎氏の哲学(西田哲学)における「場所論」・「場所の哲学」であります。「場所の哲学」は、究極の真理・永遠の真理としてある「場所」を探究することがその目的であると言えます。

真理の探究は、宗教と哲学の両者共の至上命題であり、何千年と人類が取り組んできたことでもあります。仏教ももちろん真理の探究に取り組むわけではありますが、仏教の開祖、お釈迦様により、既にその答えは出ていたはずであったにも拘わらず、その後、仏教に関わる者たちは、様々に悪戦苦闘しながら真理の探究に更に取り組み、色々な教義・教説・論説・解釈が生じることとなって、諸派入り乱れて、現代まで展開して来ることとなってしまいました。

この混乱の要因は色々と挙げることができますが、その一つとして、「根深い実在論・実体論」というものを特に挙げることができるのではないかと思います。それが、松本史朗氏の「基体説」というもので、明確にその「基体説」を否定することで、真なる仏教を確立させようとする意図を松本氏の論考から随所に伺うことができます。

では、さて、究極の真理・永遠の真理としてある「場所」について、仏教ではどのように考えるべきであるのでしょうか。これは、これまでの拙いながらも私の仏教論考考察からの一つの結論として、そのような『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものは、はっきりと(実体・実在として)無いと言えます。このことは、お釈迦様の教えにおいて意図されているところとも完全に一致する結論であると強く確信しています。私の確信が正しいのか、間違っているのかは、これからの仏教研究の成果により更に示していければと考えている次第ではありますが、では、『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の内実とはどのようなものであるのかについても、しっかりと検証して見極めていく必要があると考えております。

では、まず一体どのような考え方が、「基体説」と言えるのかということについて、次回に少し述べさせて頂こうと存じます。

・・

とにかく、しばらくは「批判的合理主義」の極北を目指して参りたいと考えておりますが、現代仏教学を再考していくための重要な視座として、松本史朗氏の「基体説」による批判学を挙げさせて頂いております。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・「基体説」とは、簡単に述べさせて頂きますと、一切万物の最終的基体・根本・根源(dha(_)tu)というものを仮立して、全てのモノ・コト、dharma(諸法)を説明し解決してしまおうという考え方であります。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」の構造は、非常にシンプルで、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharma(諸法)を生じる」と主張する説で、発生論的一元論・根源実在論であります。

以下、まずは、松本史朗『縁起と空-如来蔵思想批判』大蔵出版 1989年 5-6ページにおける松本氏の「基体説」の説明を見てみましょう。



如来蔵思想における"dha(_)tu"の意味を明確なものとするためにも、私が如来蔵思想の本質的構造と考えている"dha(_)tu-va(_)da"について、以下に説明しよう。"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)とは、私が仮説的に用いる用語であるが、その構造は、上の図に示される。

図に明らかな通り、一切は下にある"locus"〔以下Lと略〕と上にある"super-locus"〔Sと略〕とに二分されるが、"dha(_)tu-va(_)da"の構造上の特徴を挙げれば、次の通りである。1、LはSの基体(locus)である。2、故に、LはSを生じる〔原因である〕。3、Lは単一であり、Sは多である。4、Lは実在であり、Sは非実在である。5、LはSの本質(a(_)tman)である。6、Sは非実在ではあるが、Lから生じたものであるから、またLを本質とするから、ある程度の実在性をもつ、または、実在性の根拠をもつ。

以上の諸点について解説すれば、1は言うまでもなく、"dha(_)tu-va(_)da"の構造自体を決定する最重要の点である。2におけるSのLからの「出生」は、Lの基体(locus)という性格・概念それ自体から導かれる。3と4について、Lを単一な実在と見るとき、Sはそれと異性質のものと見ざるを得ない。さもなければ、LからSが生じることは無意味となる。5について、本質(a(_)tman)とは、"aがなければbは生じない"という関係(avina(_)bha(_)va 関係)における"a"と考えられる。SはLがなければ生じないから。実際、如来蔵思想の代表経典たる『勝鬘経』と『涅槃経』は、Lを"a(_)tman"(我)と明言している。6は、"差別・区別の絶対化・固定化"を支える思想原理となる。五姓各別説もカースト制も、ここにその根拠を見いだしうる。何故なら、図ではLの上に三つのdharmaが乗っているだけであるが、そこに、永久に成仏できない一闡提、つまり無姓(agotra)を含めた五姓という五つのdharmaをSとして置くこともできる。その場合、「一切衆生悉有仏性」と「一闡提不成仏」は、矛盾することなく"調和"する。さらに、Sのところに、国王・人民・奴隷等の様々の階級をのせることも可能である。ところで、Sの"多性"は"dha(_)tu-va(_)da"の構造上不可欠の要因であるから、決して解消されない。従って、所謂"現実"の差別はここに絶対化される。繰り返せば、Lの単一性(平等)は、Sの多性(差別)を解消するどころか、かえってそれを維持し根拠づける原理となる。これは、明らかに差別思想である。

以上、"dha(_)tu-va(_)da"の構造を要約すれば、それは、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharmaを生じる」と主張する説ということになる。簡単に「発生論的一元論」とか「根源実在論」とか呼んでもよいであろう。

・・ここまで。

以上の松本氏の"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)の見解を参照にしつつ、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していったことについて改めまして考えて参りたいと思います。

・・

ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれらの論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤りについても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

・・

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月08日(Mon)▲ページの先頭へ
"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
とにかく、しばらくは「批判的合理主義」の極北を目指して参りたいと考えておりますが、現代仏教学を再考していくための重要な視座として、松本史朗氏の「基体説」による批判学を挙げさせて頂いております。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・「基体説」とは、簡単に述べさせて頂きますと、一切万物の最終的基体・根本・根源(dha(_)tu)というものを仮立して、全てのモノ・コト、dharma(諸法)を説明し解決してしまおうという考え方であります。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」の構造は、非常にシンプルで、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharma(諸法)を生じる」と主張する説で、発生論的一元論・根源実在論であります。

以下、まずは、松本史朗『縁起と空-如来蔵思想批判』大蔵出版 1989年 5-6ページにおける松本氏の「基体説」の説明を見てみましょう。



如来蔵思想における"dha(_)tu"の意味を明確なものとするためにも、私が如来蔵思想の本質的構造と考えている"dha(_)tu-va(_)da"について、以下に説明しよう。"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)とは、私が仮説的に用いる用語であるが、その構造は、上の図に示される。

図に明らかな通り、一切は下にある"locus"〔以下Lと略〕と上にある"super-locus"〔Sと略〕とに二分されるが、"dha(_)tu-va(_)da"の構造上の特徴を挙げれば、次の通りである。1、LはSの基体(locus)である。2、故に、LはSを生じる〔原因である〕。3、Lは単一であり、Sは多である。4、Lは実在であり、Sは非実在である。5、LはSの本質(a(_)tman)である。6、Sは非実在ではあるが、Lから生じたものであるから、またLを本質とするから、ある程度の実在性をもつ、または、実在性の根拠をもつ。

以上の諸点について解説すれば、1は言うまでもなく、"dha(_)tu-va(_)da"の構造自体を決定する最重要の点である。2におけるSのLからの「出生」は、Lの基体(locus)という性格・概念それ自体から導かれる。3と4について、Lを単一な実在と見るとき、Sはそれと異性質のものと見ざるを得ない。さもなければ、LからSが生じることは無意味となる。5について、本質(a(_)tman)とは、"aがなければbは生じない"という関係(avina(_)bha(_)va 関係)における"a"と考えられる。SはLがなければ生じないから。実際、如来蔵思想の代表経典たる『勝鬘経』と『涅槃経』は、Lを"a(_)tman"(我)と明言している。6は、"差別・区別の絶対化・固定化"を支える思想原理となる。五姓各別説もカースト制も、ここにその根拠を見いだしうる。何故なら、図ではLの上に三つのdharmaが乗っているだけであるが、そこに、永久に成仏できない一闡提、つまり無姓(agotra)を含めた五姓という五つのdharmaをSとして置くこともできる。その場合、「一切衆生悉有仏性」と「一闡提不成仏」は、矛盾することなく"調和"する。さらに、Sのところに、国王・人民・奴隷等の様々の階級をのせることも可能である。ところで、Sの"多性"は"dha(_)tu-va(_)da"の構造上不可欠の要因であるから、決して解消されない。従って、所謂"現実"の差別はここに絶対化される。繰り返せば、Lの単一性(平等)は、Sの多性(差別)を解消するどころか、かえってそれを維持し根拠づける原理となる。これは、明らかに差別思想である。

以上、"dha(_)tu-va(_)da"の構造を要約すれば、それは、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharmaを生じる」と主張する説ということになる。簡単に「発生論的一元論」とか「根源実在論」とか呼んでもよいであろう。

・・ここまで。

以上の松本氏の"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)の見解を参照にしつつ、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していったことについて改めまして考えて参りたいと思います。

・・

ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれらの論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤りについても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

・・

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年11月04日(Thu)▲ページの先頭へ
今後の仏教論考考察について
さて、ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれらの論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤りについても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

・・

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年10月19日(Tue)▲ページの先頭へ
チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
仏教考察は少しお休みさせて頂いております・・

さて、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座につきまして、これまで私なりに考察して参りました。もちろん、まだまだこれからでございますが、現時点におきましては、『「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったものを挙げることができる』と述べさせて頂いております。

松本氏の視座によりますと、チベット仏教を教学的に大成し、ゲルク派を開基したツォンカパ論師の思想につきましても、最終的には如来蔵思想を脱却できずにやがて密教へと傾注してゆくこととなったことを論著内において批判的に述べられています。

つまり、チベット最大の宗派としてその後発展していったゲルク派が奉じている「密教」的な教義におけるところも当然に松本氏にとっては、批判対象となるわけであります。

もちろん、顕密仏教・体制で強固に成り立っている現代チベット仏教において、密教的要素を完全に取り除くことは恐らくほぼ不可能でありますでしょう。

ただ、このあたりのところで、現在のゲルク派の最高指導者であるダライ・ラマ14世師が、カルト・セクト主義色の強いとされる「シュクデン」崇拝を禁止するに至った経緯は、チベット仏教史上においても非常に重大な出来事であると言えるでしょう。

しかしながら、ダライ・ラマ14世師が、禁令したものの、「シュクデン」崇拝はチベット仏教内において相当な影響力を占めており、無くなるどころではなく、信奉者はゲルク派内でも圧倒的な多数を占めているとされ、また、「ニュー・カダンパ・トラディション」といった、チベット仏教から独立した国際宗教団体が活動を広げているなど、今後も「シュクデン」崇拝問題は、どのように展開していくのかは、非常に注視の必要があります。

「シュクデン」崇拝問題は、チベット仏教の今後、ダライ・ラマ14世師の活動の今後の展開においても、まさに「アキレス腱」になりかねないといったところではないかと恐れ多くも察する次第でございます。

とにかく、松本氏の視座から考えますと、現在に至るまでのチベット仏教の様々な歴史的経緯を察するに、純粋な顕教における「中観思想」の理解だけでは留まらず、「密教」を受容していったことは、「ある意味で残念至極であった」ということになりますでしょうか・・

私が仏教考察を少しお休みさせて頂いておりますのも、ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意欲がやや減退してきてしまっていることも少なからず影響しています・・もちろん、松本氏の論著の学びを進めていくことで、ある種の失望は自身も予測していたことではありますが・・

最後に「チベット仏教哲学・松本史朗著・大蔵出版」の第10章「ツォンカパと離辺中観説」p390から、以下の文章を抜粋しておきます・・

抜粋開始・・

「ツォンカパが、"最高の実在は不可説であるから、一切の言葉・分別・判断・主張はもっぱら否定されなければならない"という実在論的仏教理解を根底から否定したことの意義は、革命的なものと言えようが、"縁起"("世俗有の主張")か、"空"("勝義無の主張")かを二者択一的に問うたとき、ツォンカパの議論の力点が後者に置かれていたことは否定すべくもないであろう。ツォンカパが、"仏教には主張がある"と力説したことは、仏教を明確な"哲学"として確立しようとしたことを意味する。しかし、そのツォンカパにとっての仏教の"主張""哲学"が、"縁起"ではなくて"空"という否定的なものであったということが、彼の思想から深刻さを奪い、結果的には"縁起"とは全く矛盾する"dha(_)tu-va(_)da"にもとづく密教を自ら許容する余地を生じることになったのである。」

・・抜粋ここまで。

・・

前回にダライ・ラマ14世師の属しておられるチベット仏教最大の宗派・ゲルク派における内部問題として、「シュクデン」崇拝問題を挙げさせて頂きました。

あまりご存じでない方も多いかと存じますので、「シュクデン」崇拝問題とはどういうものであるのかについてWikipediaに詳しく記載されておりますので、ご参照頂けましたらと思います。

「シュクデン」 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AF%E3%83%87%E3%83%B3

・・

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年10月17日(Sun)▲ページの先頭へ
ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
仏教考察は少しお休みさせて頂いております・・

さて、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座の真なる狙いを捉えようとしている次第でございますが、その狙いの一つとして考えられるのは、「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着による様々な弊害の排除」というものがあるように存じております。

このことは、余談「批判的思考の必要性について・1」において、
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「・・例えば、宗教の場合は、特に神秘的・密教的・呪術的な要素を扱うことがあれば、それらはある意味では万人を納得させることが容易ではなく、証明のほとんど効かないようなことを非合理的で曖昧な領域において展開されていくことがあります。そのため、宗教における神秘的・密教的・呪術的な行為というものは、盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着を生み出しやすく、様々な弊害をもたらしてきたことは、過去にあまたの例があります。

また、宗教における神秘的・密教的・呪術的な行為は、その行き過ぎにより犯罪・詐欺的行為へと結びつく可能性も非常に高く、実際に問題になることも多々であり、また、表面化してこないことで、潜在的に非常に曖昧なグレーゾーンの領域において受容・許容されていることもたくさんあります。・・」

と述べさせて頂きました。

そこで、このことを考えるうちに、中国によるチベット侵攻の前に、ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席とが会談した時のやり取りについて、どこか考えさせられるところが出て参りました。映画「クンドゥン」でも誠に印象に残る場面であります。

参照 児童小銃 http://d.hatena.ne.jp/rna/
『ダライ・ラマ自叙伝より: 毛沢東曰く「仏教はよい宗教」「しかし宗教は毒だ」』
http://d.hatena.ne.jp/rna/20080318/p2

『・・数日後、私は毛沢東から「一時間以内に会いに来る」というメッセージを受け取った。彼は、到着したとき、ただ単に訪問しただけだと言った。それから、何かのはずみに、「仏教はたしかによい宗教だ。釈尊はもとは王子であったが、人民の生活条件を向上させる問題に、多くの考えを払った方だ。また観音菩薩は親切な心の女性だ」という意見を述べた。数分後に、彼は立ち去ったが、私はこれらの意見にすっかり当惑して、どう判断してよいのか分からなかった。・・』
『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』木村肥佐生訳 (1986) p137

『・・この非凡な人物と私の最後のインタビューは、私の中国訪問が終わりに近付いたころであった。私が全中国人民代表会議常任委員会の会議に出席していたとき、私は毛主席邸に行って、主席に会うようにと書かれたメッセージを受け取った。それまでに、私は中国各省の歴訪をすでに完了していたので、私は、彼に「私が見たすべての開発工事に深い感銘を受け、興味を持った」と正直に話した。これに対し彼は、民主主義の真の形態について、私に長い講義をした上で、どうやって、人民の指導者となるか、いかに彼らの提案に留意するかについて、私に忠告を与えた。それから彼は、椅子の上で、私の方ににじり寄り、「私はあなたをよく理解している。しかしもちろんのことだけど、宗教は毒だ。宗教は二つの欠点を持っている。まずそれは民族を次第に衰えさせる。第二に、それは国家の進歩を妨げる。チベットとモンゴルは宗教によって毒されてきたのだ」と、低い声でささやいた。

私は、全く驚いた。このことは何を意味し、暗示しようとしているのか? 私は心を落ち着かせようとしたが、彼をどう理解すべきか、私には分からなかった。ただ彼が、宗教の手強い敵であることは、充分知っていた。それにもかかわらず、彼は私に対して、本当に友好的で、親愛感にあふれているように見えた。これらの異常な意見を述べたのち、彼は、私と共に自動車の所まで歩き、「体に気をつけなさい」と別れの言葉を告げた。・・』
『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』木村肥佐生訳 (1986) p138-139

上記に置ける「宗教は毒だ」という毛沢東の発言は、誠に有名であります。その理由としては、「民族の弱体を招くこと」、「国家の進歩を妨げること」という二点が毛沢東の発言から直接に伺えます。チベットは近代化に乗り遅れている劣等の地方・民族であるという毛沢東の見方が、この発言と、やがて迫り来るチベット侵攻の動機とも言えますが、さて、ここで私が何を述べたいのか・・毛沢東がチベット侵攻をした真なる意図(領土拡大・植民地支配・資源奪取・対インド対策・対資本主義対策等)については、ひとまずここでは触れずにおいておくとしまして、毛沢東の「宗教は毒だ」という発言における「宗教の毒性」ということについて少し考えてみたいと存じます。

ここで毛沢東が、毒に関して、宗教ともう一つの喩えを暗示していたというものが、実は「麻薬」、特に「アヘン」であります。列強の植民地支配にあえぎ苦しんでいた清国は、イギリスによるアヘンの流入により、更なる社会不安の増大を招き、やがてアヘンの輸入を禁止すると、イギリスとの間で戦争にまで至り、敗北後、列強各国による植民地支配はますます酷くなり、いよいよ清国の崩壊も加速していくこととなります。

毛沢東は、アヘンという麻薬による弊害(毒性)によって国家が衰退へと大きく影響したことと、宗教における弊害(毒性)として時にある「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による影響とを、同様のものと見なして、「毒」として喩えて表現し、「宗教は毒だ」と嫌忌したのだと考えることができます。

麻薬における弊害と、宗教において時にある「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による弊害と、双方共通して言えることは、依存性・常習性・堕落性をもたらすことや、(人格の崩壊、暴力性・凶暴性などによる犯罪の誘発といったことでの)社会の治安の悪さの増大、不安定さの増大、更には労働意欲の減退、離職者の急増、失業者の増加による経済への影響など、色々と挙げることができます。家庭崩壊もその一つと挙げてもいいかもしれません。

とにかく、毛沢東の「宗教は毒だ」という発言については、当時のチベットにおいて、仏教における「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による弊害が、どの程度見受けられていたのかということも考えておかなければいけないところでもあります。例えば、各宗派間の醜い権力(政治権力)争い、勢力争いの状況や、または、神秘的・密教的・呪術的な側面の強さによって、どれほどに腐敗・堕落していたのか、といったことについてもしっかりと見極める必要があります。

現在、ダライ・ラマ14世師の属しておられるチベット仏教最大の宗派・ゲルク派においても、長年にわたる他派との醜い勢力争い、政治権力争いの問題や、派内におけるシュクデン崇拝問題など、ややこしいところがあるのも事実であります。

何事も表だけで判断することなく、やはりその裏もしっかりと見極めていかないといけないという感じでもあります・・批判的思考の必要性を思うところであります。

・・

以前に、余談「批判的思考の必要性について・1」におきまして、松本史朗氏の批判的視座につきまして、簡単に述べさせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

少しだけその関連として、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座を私なりに簡単に今一度推察しますと、「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったものを挙げることができるのではないだろうかと存じております。

その目的は、雑多な思想展開を経て変容してきた仏教において、上記の視座を通じて、余計なものを退けてゆくことによって、真なる純粋な仏教を抽出し、確立させていこうとしているものと考えます。

では、松本史朗氏の抽出し確立させようとしている真なる純粋な仏教とは何であるのか、それは、これまでの氏の論著集の中から、すでにいくつか挙げることができます。また、このことについても考察して参りたいと存じます。

・・

次回からは、前回の「サムイェーの宗論」の考察と関連しまして、龍樹(ナーガールジュナ)論師の中論の核心部分について、松本史朗氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考としまして考えて参りたいと思っております。

中論において、特に解釈が難解であるとされている中論「観法品」(第十八・第九偈)についての内容考察となります。

とにかく最近は、松本史朗氏の論著をかなり集中的に読み進めております。松本氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の真なる狙いが少しずつ分かり始めてきたところでございます。

とにかく粛々と一歩一歩です。

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年10月16日(Sat)▲ページの先頭へ
松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座
仏教考察は少しお休みさせて頂いております・・

以前に、余談「批判的思考の必要性について・1」におきまして、松本史朗氏の批判的視座につきまして、簡単に述べさせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

少しだけその関連として、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座を私なりに簡単に今一度推察しますと、「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったものを挙げることができるのではないだろうかと存じております。

その目的は、雑多な思想展開を経て変容してきた仏教において、上記の視座を通じて、余計なものを退けてゆくことによって、真なる純粋な仏教を抽出し、確立させていこうとしているものと考えます。

では、松本史朗氏の抽出し確立させようとしている真なる純粋な仏教とは何であるのか、それは、これまでの氏の論著集の中から、すでにいくつか挙げることができます。また、このことについても考察して参りたいと存じます。

・・

次回からは、前回の「サムイェーの宗論」の考察と関連しまして、龍樹(ナーガールジュナ)論師の中論の核心部分について、松本史朗氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考としまして考えて参りたいと思っております。

中論において、特に解釈が難解であるとされている中論「観法品」(第十八・第九偈)についての内容考察となります。

とにかく最近は、松本史朗氏の論著をかなり集中的に読み進めております。松本氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の真なる狙いが少しずつ分かり始めてきたところでございます。

とにかく粛々と一歩一歩です。

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


2010年10月11日(Mon)▲ページの先頭へ
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・7
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・7

さて、今回も前回から引き続きまして、「サムイェーの宗論」につきまして考えて参りたいと存じます。

前回にも述べさせて頂きましたように「サムイェーの宗論」における論点と致しましては、「無分別知」(般若の智慧)へと至るための方法論の相違を挙げさせて頂きました。

では、「無分別知」ということについてはどうであるのかと言いますと、松本氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考と致しますと、「無分別知」そのものについては、両者共に認めているという点では一致しているということが理解できます。

実は、この「無分別知」というものが一体どういうものとして成り立っているのかということにおいては、非常に重要な問題が控えているところであります。

「無分別知」というのは、「あらゆるモノ・コトは、分別が無いというありよう」、つまり、「分かれていない、別れていない」ということを「知」、「知る」ということになります。

では、本当に「無分別知」ということはあり得るのでしょうか。ここは非常にある意味で無理のあるところで、私たちが、思考・思慮・思惟する限りにおいては、必ず何らかを分別しなければならないため、当然に思考・思慮・思惟を否定しなければならなくなるという不都合が生じざるを得ないところであります。

そのため、「無分別知」というものが有るのだとして執着してしまうと、当然に「不思・不観」・「無念・無想」という「思考の停止」を説くに至るのは仕方のない面もありまして、実は、摩訶衍論師と同様に、「無分別知」へと至るためには、カマラシーラ論師も最終的には「無念」・「無思惟」を認めているというところがあります。

つまり、カマラシーラ論師の「無分別知」と摩訶衍論師の「無分別知」では何が異なるのかと言えば、基本的には何らとして変わらないわけであります。それを前者の「無分別知」は、「正しい無分別知」で、後者は「誤った無分別知」と言うのもおかしなことであり、至るところが同じとなれば、特に段階を設けなくても、摩訶衍論師の「不思・不観」・「無念・無想」という「思考の停止」による修行方法でも特に問題はないこととなってしまいます。

また、カマラシーラ論師は、「無分別知」へと至るための段階として、「正しい分別知」・「正しい個別観察」というものの必要性を説いていますが、では、何が基準として、どのようなことが「正しい分別知」・「正しい個別観察」であるのかということも実は問題として出てくるのであります。もちろん、このことを考える上での基準の一つとしては、「空性の知」・「空性の洞察」というものが考えられていますが、「空性の知・空性の洞察」というのは、「あらゆるモノ・コトは、空である」・「諸法は無自性である」というものとなるものの、それで、「無分別知」に至れるということもやや疑問が残るところであります。

つまり、「諸法は、空・無自性である」という分別知が、「無分別知」というのも無理があり、また、結局は、「無分別知」を悟るということは、「諸法は、空・無自性である」ということを悟るということとなっても、それならば、その他の一切の仏説は全く必要のないものとなってしまうという不都合も生じてしまいかねません。

更には、「諸法は、空・無自性・無分別である」→「その主張も、空・無自性・無分別である」→「戯論寂滅・言語道断・不可説」→「不思・不観」・「無念・無想」→「思考の停止」→「無分別知」→「諸法は、空・無自性・無分別である」→「その主張も、空・無自性・無分別である」→・・・と循環論法に陥ってしまうことにもなってしまいかねません。そこで、最高の真理・最高の真実は、「無分別知」であるとして、この循環論法を停止させることになるわけです。

しかし、それは「無分別知」なるものを「最高の真理、最高の真実」として実体視して捉えようとしてしまうところへと容易に繋がってゆくことにもなってしまいます。

つまりは、「無分別なるもの」・「分かれていない、別れていないもの」・「あらゆるモノ・コトは、分別が無いというありようであるということ」というのは、単一の実在、最高の実在として捉えようとする一元論的な見方が働いてしまうこととなってしまいかねません。

それは、「無分別知」・「諸法無自性」というものによって、あらゆる問題を解決してしまうかのような錯覚へと陥ってゆき、仏教・仏説、更には仏教において最も重要な教説である「縁起の理法」さえもが無力化されかねない懸念が生じてしまう弊害が出てきてしまうことになるのであります。

このような弊害は中観思想内においても見受けられたことで、「空」として本来はその実体視を否定されるべきである「無分別知」が、「最高の真理、最高の真実」として肯定的に扱われ出してしまってくることによって、中観思想が自己矛盾を抱えて自己崩壊を招き、実在・実体化論へ傾斜してゆくことになってしまうのであります。

瑜伽行中観自立論証派であったカマラシーラ論師においても、「無分別知」を認めて、肯定的に実体・実在視して扱ってしまっているという限り、如来蔵思想の影響は少ないながらも受けてしまっていると言えるため、摩訶衍論師とカマラシーラ論師の両者共にその論争の内容の根底を鑑みると、如来蔵思想の影響が、濃いか薄いかという濃淡の違いでしかなく、真なる意味で、「如来蔵思想 VS 中観思想」と言えるのかどうかということは、実はかなり疑問符が付いてしまうのであります。

次回も引き続きまして、この問題を扱って参りたいと存じます。

※現在進めております如来蔵思想(仏性思想)関連の考察は、あくまでも中観思想(帰謬論証派)の立場をいったん脇によけておいてのものでありまして、その点はあしからずにご了承の程を宜しくお願い申し上げます。

・・

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6

今回は、「サムイェーの宗論」につきまして、少し考えて参りたいと存じます。「サムイェーの宗論」とは、チベット・サムイェー寺において展開された中国の禅師・摩訶衍論師とインドの中観思想家・カマラシーラ論師との論争のことであります。

松本氏の論著におきましては、「サムイェーの宗論」への言及が随所に見受けられますように、如来蔵思想の問題を考える上で、「サムイェーの宗論」は、重要な内容を持っており、中観思想と如来蔵思想の激突として、チベット仏教史上における一大宗教論争として重大な事件でありました。

摩訶衍論師は、中国禅宗の北宗派(神秀禅師を開祖とする派)の流れを汲む系統と位置づけられていますが、北宗派を激しく非難した神会禅師(南宗派・六祖慧能禅師の弟子)の弟子であったともされ、北宗派の段階的に悟りを進める「漸悟禅」を主張する立場であったのか、それとも、南宗派の悟りへの段階を認めずに悟りへの境地を目指す「頓悟禅」を主張する立場であったのか、定かではないところがありますが、「サムイェーの宗論」においては、「頓悟禅」の立場を主張したとされています。

一方のカマラシーラ論師は、インド・ナーランダ僧院の高僧・シャーンタラクシタ論師の弟子であり、思想的立場は、「瑜伽行中観自立論証派」と位置づけられています。「瑜伽行中観自立論証派」は、唯識思想と中観思想とが思想的に統合して発展した派で、空の思想を基底に置きつつ、(一応、仮として認める)心(識)の作用を、悟りへと向けていかにして調えていくべきであるのかについて考えていく立場であります。

「サムイェーの宗論」の大きな論点としましては、松本氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考と致しますと、「無分別知」(般若の智慧)ということをめぐり、摩訶衍論師は、「不思不観」・「無念無想」による「無分別知」への即座の到達を主張し、カマラシーラ論師は、「正しい分別知」・「正しい個別観察」によって、段階的に「無分別知」への到達を目指すべきであると主張したということが挙げられるのではないかと存じます。

少しまとめますと、摩訶衍論師の主張と致しましては、「不思不観」・「無念無想」→「無分別知」という流れとなり、カマラシーラ論師の主張と致しましては、「正しい分別知」・「正しい個別観察」→「無分別知」という流れで、更に、「無分別知」→「空性の洞察」が必要であるとして、段階的な知の階梯を主張します。

結果的には、摩訶衍論師の主張は退けられ、以後、チベット仏教においては、中観思想派の流れが優位となっていくわけですが、重要なことは、「サムイェーの宗論」において完全に如来蔵思想の問題が払拭したというわけではなく、厳密に中観思想と如来蔵思想の激突と言えたのかどうかということについても疑問の余地が残ってしまったところがあります。

次回も引き続きまして、「サムイェーの宗論」の意義に関しまして考えて参りたいと存じます。

※現在進めております如来蔵思想(仏性思想)関連の考察は、あくまでも中観思想(帰謬論証派)の立場をいったん脇によけておいてのものでありまして、その点はあしからずにご了承の程を宜しくお願い申し上げます。

・・

仏教の学びの参考論著に、「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版を追加しました。


「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

集中的に再読していく論著集

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10    全300件





カレンダ
2017年3月
     
29 30 31  

アーカイブ
2008年 (187)
5月 (17)
6月 (30)
7月 (32)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (20)
11月 (3)
12月 (24)
2009年 (175)
1月 (26)
2月 (20)
3月 (20)
4月 (8)
5月 (18)
6月 (4)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (27)
10月 (23)
11月 (2)
12月 (1)
2010年 (62)
1月 (8)
2月 (3)
3月 (3)
4月 (1)
5月 (4)
6月 (7)
7月 (6)
8月 (1)
9月 (13)
10月 (8)
11月 (6)
12月 (2)
2011年 (49)
1月 (7)
2月 (4)
3月 (4)
4月 (4)
5月 (5)
6月 (6)
7月 (2)
8月 (4)
9月 (3)
10月 (3)
11月 (5)
12月 (2)
2012年 (39)
1月 (4)
2月 (8)
3月 (1)
4月 (2)
5月 (1)
6月 (1)
7月 (2)
8月 (2)
9月 (4)
10月 (2)
11月 (7)
12月 (5)
2013年 (25)
1月 (3)
2月 (2)
3月 (1)
4月 (1)
5月 (5)
6月 (1)
7月 (2)
8月 (4)
9月 (2)
10月 (1)
11月 (2)
12月 (1)
2014年 (44)
1月 (3)
2月 (3)
3月 (2)
4月 (5)
5月 (4)
6月 (11)
7月 (4)
8月 (3)
9月 (3)
10月 (1)
11月 (3)
12月 (2)
2015年 (59)
1月 (1)
2月 (2)
3月 (5)
4月 (8)
5月 (6)
6月 (3)
7月 (7)
8月 (11)
9月 (4)
10月 (3)
11月 (5)
12月 (4)
2016年 (34)
1月 (3)
2月 (3)
3月 (5)
4月 (1)
5月 (1)
6月 (4)
7月 (3)
8月 (3)
9月 (5)
10月 (1)
11月 (4)
12月 (1)
2017年 (8)
1月 (4)
2月 (2)
3月 (2)

アクセスカウンタ
今日:674
昨日:1,871
累計:719,967