川口英俊のブログ - 2010/04

川口英俊のブログ




2010年04月04日(Sun)▲ページの先頭へ
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」を追加
仏教論考書・追加

「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社


施本第六弾の執筆へ向けまして、仏法真理の考究を鋭意努力して進めております。中観思想の学びを前進させて、何とかお盆までには発行を目指して参ります。

「ツォンカパ 中観哲学の研究4」・ケードゥプ・ゲルク・ペルサンポ著 深遠な空性の真実を明らかにする論書・幸いなる者の開眼(千薬大論)下、を読み進め中。

施本第六弾執筆へ向けて集中的に再読していく論著

「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究T」
「ツォンカパ 中観哲学の研究U」
「ツォンカパ 中観哲学の研究V」
「ツォンカパ 中観哲学の研究W」
「ツォンカパ 中観哲学の研究X」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

「インド仏教思想・中期から後期の展開について」 川口 英俊 拝

 さて、昨年末までのほぼ二年間にわたりまして、浅学菲才の未熟者ではございますが、初期仏教から中期大乗仏教までの学びを私なりに進めさせて頂いて参りました。

 この間、法要の際に皆様に配布させて頂きます施本を著させて頂きまして、その学びの私なりの成果をお示しさせて頂いて参りました。現在は、特に龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の中観思想から更に展開された帰謬論証派の思想につきましての学びを進めさせて頂いております。

 さて、中期大乗仏教におきましては、中観思想・唯識思想の発展に伴ってキラ星のごとくに学者・論師が輩出され、仏教論理学・認識学は大いに議論が展開されて参りました。

 唯識思想から初期仏教論理学を大成したディグナーガ論師、ディグナーガ論師の論理学を中観思想の立場から方法論を確立させたバーヴィヴェーカ論師(中観自立論証派)、そのバーヴィヴェーカ論師を批判し、中観思想を更に発展させたチャンドラキールティ論師(中観帰謬論証派)、ディグナーガ論師の論理学を唯識思想の立場から発展させ、インド論理学最高峰とされるダルマキールティ論師、更にダルマキールティ論師の立場を中観思想の立場から発展させたジュニャーナガルバ論師・シャーンタラクシタ論師・カマラシーラ論師・ハリバドラ論師などが登場し、唯識思想とも統合して論理学・認識学を発展させ、瑜伽行唯識学派と共に瑜伽行中観学派も形成されました。

 やがてインドにおいて仏教が衰退すると、その後はチベットにおいて仏教論理学・認識学の議論が展開されて参りますが、チベットでは、代々のダライ・ラマが所属するゲルク派(黄帽派)の開祖であるツォンカパ論師によって、チャンドラキールティ論師以来の中観帰謬論証派の思想発展が最高潮に達し、チベット仏教教学が確立されることとなりました。チベットの仏教と言いますと、どうしても「密教」というイメージが前面に出て参りますが、私はチベット密教を理解する上では、その前提として中観思想の学びは欠かすことができないものであると考えております。

 とにかく、これから取り組みを目指しております後期大乗仏教の学びのためには、中観思想・唯識思想の学び、論理学・認識学の学びは非常に重要であり、難解ながらもしっかりと進めなければならないと存じております。

 これまで私なりに学びまして理解して参りましたことにつきましては、これまで発行させて頂いております「施本シリーズ」をお読み下さいましたら幸いでございます。ホームページでも公開させて頂いております。また、更に最新の論考をまとめて発行できましたらと考えております。


「中観帰謬論証派の学びのススメ」 川口 英俊 拝

 現時点におけます、私の仏教の学びの進めの一つの整理と致しましては、現代日本仏教のあり方に疑念を生じて以降、現代日本仏教がなぜ今のような現状に陥ってしまっているのかについて、根本・初期仏教から学び直しを進め始めまして、初期大乗仏教、唯識思想・中観思想の発展と中期大乗仏教の学びを進めていく中におきまして、ある程度問題点を明確化することができて参りました。

 現時点におけます結論と致しましては、大きく仏典の説く仏説の相違の扱いにおいて、インドから日本に渡ってきた仏教を解釈する際において根本的な誤りがあったためであると考えております。

 インド、中国、日本と仏教が渡ってくる中、なぜ、数多くの著された仏典の中で、仏説・教義の相違があるのかを真に理解できないままに、教典にとらわれて、教典に優劣を付けて、教義に優劣を付けて、醜い争いを展開し、これが一番の教えだ、私たちの教義が最も優れていると、そのようなくだらないことで終始したところが少なからずもあるように存じております。

 そのようなことでは、争い、様々な堕落と衰退もしかるべきであろうと思う次第でございます。

 上記のことは、中観思想の帰謬論証派の学びを進めていけば、容易に気づくことでもございますが、残念ながら、中観帰謬論証派は中国、日本へ正確に伝わることが無く、中国・日本の仏教は大きな問題を最初から抱えざるを得なかったと考えております。

 これは、もちろんやむを得なかったこともございます・・中国・日本へ仏教が伝来してくる途上、「無我」を説く教典と「我」を説く教典がほぼ同時に流入していたのですから・・大きくは般若思想と如来蔵思想となりますが、両思想が同時に流入すれば様々な混乱が生じるのは当たり前であったのだと考えます。

結果として、どちらの教えが正しいのかといつまでも論争を繰り返すことになってしまい、「無我」か、それとも「我」か、両者の統合か、と、それぞれとらわれてしまったままとなっているのが、日本現代仏教が抱える苦悩の一番の問題となっている根本であると存じております。

 このことを解決するのは、龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の中観思想にあり、特にインド・チャンドラキールティ論師からチベット・ゲルク派の開祖・ツォンカパ論師に至るまで展開された帰謬論証派の思想を正確に学ばないと解決は不可能なことであると考えております。

 龍樹論師の中観思想は日本にも三論宗として伝わったものの、それから発展していった帰謬論証派の思想は残念ながら伝わらないままで、現代に至ってしまったところにおいて、日本仏教の抱えている苦難が続いてしまっているところがあるように存じております。ただ、戦後にチベット仏教哲学、ツォンカパ論師の中観思想が徐々に邦訳・注釈等でも日本にて知られることができてきたため、これからは少しずつ変わっていくようには思うところもございます。

 とにかく、仏典の言語表現は全て世俗諦の方便として正しく、等しいものであり、そこに優劣など本来はありません。もちろん、あくまでも世俗諦の域で留まってのことであって、仏典の言語表現の一切は、勝義諦を指向するための渡し船に過ぎず、いちいちの仏典の表現や解釈にとらわれて上だ、下だと執着することは大きな誤りを産み出す原因となると考えております。

 一つは、中論にございます「観法品」(第十八・第六偈)『もろもろの仏は「我〔が有る〕」とも仮説し、「我が無い(無我である)」とも説き、「いかなる我も無く、無我も無い」とも説いている。』〈中論の邦訳は〔中論(上・中・下)三枝充悳訳注 第三文明社・レグルス文庫〕より引用〉ということから、更に帰謬論証派の思想を深く学ぶことによって、しっかりと理解していかなければならないことがあると僭越ながらも存じております。

 何とかここまでようやくに、ツォンカパ論師の中観思想の学びを本格的に進めていくための入り口付近に来ることができてきたのではないかと、もちろんまだまだの浅学非才の未熟者の身でありながらも思っております。今は学びを一歩でも前へと進めていかねばならないと考えております。

・・

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


   





カレンダ
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