川口英俊のブログ - 2008/12/19

川口英俊のブログ




2008年12月19日(Fri)▲ページの先頭へ
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」第八章 縁起・空の理解からの実践・下
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm



一、はじめに
二、仏教・基本法理の理解
三、般若思想の理解
四、般若心経の理解
五、中観思想の理解
六、唯識思想の理解
七、仏教の実践
八、縁起・空の理解からの実践
九、仏教的生き方
十、最後に

第八章 縁起・空の理解からの実践・下

 さて、これまで考察して参りましたように、表象・認識・概念における分別の全ては、いわゆる主体と客体の分裂に起因することでもあり、特に、人無我(人空)と法無我(法空)をしっかりと理解し、無分別なるありようを観れるように調えていかなければならないということであります。そのためには、煩悩障と所知障の二障を離れることが必要となります。

煩悩(ぼんのう)障(しょう)……「我執」によって生じる煩悩による障りのことであります。「我執」とは、「これが自分である、自分が有るのだ、自分がいるのだ」と強く執着してしまって、そのことで生じてくる煩悩が解脱・涅槃へと至る障りとなってしまっているということであります。

所(しょ)知(ち)障(しょう)……「法執」によって生じる煩悩による障りのことであります。「法執」とは、「知るところのもの・こと」を有る、実在するとして、強く執着してしまって、そのことで生じてくる煩悩が解脱・涅槃へと至る障りとなっているということであります。

 この二障を断じて、「我執」と「法執」を離れ、「人空」と「法空」を真に理解して、煩悩を離れていくことが大切になるのであります。

 もしも、私という何か実体があるならば、食べ物や飲み物が無くても、他の人間や動物や植物が無くても、空気が無くても、自然が無くても、地球が無くても、太陽系が無くても、宇宙が無くても存在できるはずであります。

 ところが、独り宇宙空間に放り出されてしまったとすれば、あっという間に生命体として、その存在は維持できなくなってしまいます。

 もちろん、私というものは、縁起関係において仮に存在できているという仮有なるものだとしても、それは、あらゆる大いなる縁起関係の中において「生かされて生きている」ものとして私たちは存在できているのであり、そのことをしっかりと理解して、その縁起関係の中、感謝と報恩を日々実践していかなければならないのであります。

 そこで、その大いなる縁起を理解し、無分別・不二・平等の中において、例えば自分のやられて嫌なことは、他の者も、いかなる生き物たち、ミミズもアリもゴキブリも当然に嫌なのだと知り、また、自分のしてもらって嬉しいことは、他の者も、いかなる生き物たち、ミミズもアリもゴキブリも嬉しいのだということを知って、自分が無碍にも踏み潰されて殺されてしまったら嫌なように、動物や昆虫、植物たちも同様に嫌であり、自分が苦しくてつらく、しんどい時に助けてもらって嬉しいことは、動物や昆虫、植物たちも同様に嬉しいということであります。

 このように、自分のやられて嫌なことは、他のいかなるものにも分け隔てなく平等にしないこと、自分のしてもらって嬉しいことは、他のいかなるものにも分け隔てなく平等にしてあげていくこと、これが自利利他、慈悲の実践としても重要な前提になるのではないかと考えます。

 更に慈悲の実践を考える上で大切なことにつきましては、前回施本においても取り上げさせて頂きました「ブッダのことば・スッタニパータ 中村元訳 岩波文庫」、第一・蛇の章・八・慈しみ(一四三偈〜一五二偈)から今一度、引用しておきたいと思います。

『究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔(にゅう)和(わ)で、思い上ることのない者であらねばならぬ。』

『足ることを知り、わずかの食物で暮し、雑務少く、生活もまた簡素であり、諸々の感官が静まり、聡明で、高ぶることなく、諸々の(ひとの)家で貪ることがない。』

『他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏(あんのん)であれ、安楽であれ。』

『いかなる生物(いきもの)生(しょう)類(るい)であっても、怯(おび)えているものでも強(きょう)剛(ごう)なものでも、悉(ことごと)く、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗(そ)大(だい)なものでも、

目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。』

『何ぴとも他人を欺(あざむ)いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。』

『あたかも、母が己(おの)が独(ひと)り子を命を賭けても護(まも)るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の(慈しみの)こころを起すべし。』

『また全世界に対して無量の慈しみの意(こころ)を起すべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。』

『立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥(ふ)しつつも、眠らないでいる限りは、この(慈しみの)心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。』

『諸々の邪(よこし)まな見解にとらわれず、戒(いましめ)を保ち、見るはたらきを具(そな)えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。』 

 思惟分別して、分別したことのどちらかにかたより、こだわり、とらわれて執着してしまい、特別としたり、何か価値を与えてしまってもいけないのであります。自分も、自分の子も、他の子も、好きな者も嫌いな者も、動物も植物も、ミミズもゴキブリもどんな微生物でも、皆、無分別の扱いにて同じであり、分けて考えてしまうことはできないのであります。分けてしまえば、相対・対立矛盾を抱えて迷いのループに陥ってしまうのであり、それは何としても避けなければならないのであります。

 このように無分別・不二・平等のありようについての実践を、縁起と空の理解をもって調えていくのが、仏教においては非常に大切なことになるのであります。

 これまで何度も紹介させて頂いております「日本テーラワーダ仏教協会」さんの慈悲の瞑想の言葉もここに記しておきたいと思います。

慈悲の冥想

私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願い事が叶えられますように
私に悟りの光が現れますように

私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願い事が叶えられますように
私の親しい人々に悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願い事が叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

慈悲の冥想ここまで

 たとえ少しずつでも、毎日継続して、慈悲の実践が行えるように、しっかりと調えて参りましょう。

・・第八章・下ここまで。

〔本文、不許複製・禁無断転載〕

著作権は川口英俊に帰属しています。
Copyright (C) 2008 Hidetoshi Kawaguchi. All Rights Reserved.

施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm

施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html


   





カレンダ
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