東日本大震災・天罰論に関しての私見






2011年05月11日(Wed)
東日本大震災・天罰論に関しての私見
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東日本大震災・天罰論につきまして、あくまでも若輩未熟者の一私見でございます。一目お読み頂けました皆様方におかれましては、何かのご参考となりましたら幸いでございます。

【大震災・空と縁起と】ツイッター投稿シリーズ内より(12-34)・・

12大震災天罰論がありますが、地震に対する功罪判断、善悪判断は、人間の都合による恣意的思惟分別によるところが大きく、地震そのものは大自然の営みの一つであり、功罪・善悪も関係なく、ただ空・縁起によるところの現象に過ぎないものであります。

13 空・縁起によるものに過ぎない事象・現象について、天罰か、天佑か、そのどちらでもないか、という判断も人間の恣意的思惟分別によるところが大きく、あまりとらわれてしまうといけないものであります。では、なぜ天罰論が出てくるのか?

14 天罰論は、今のこの国の社会・世情や体制・システムなど色々なあり方に対しての不満があり、自分の思い通りの理想の世の中にならないことへの不満から、「それ見たことか、お天道様が罰を下したのだ」というような主張ではないかと思われます。

15 何事も思い通りにならない、求めても求めても得ることができないという不満によって、様々な煩悩が生じ、悩み迷い苦しむことが、八苦の一つ、「求不得苦」であります。大震災天罰論もこの苦しみから生じているものではないかと考えられます。

16 また、天罰論は、神仏などを実体視、絶対視してしまっている過ちからも生じてしまっているように存じます。もちろん、神仏も空・縁起においてでのありようであり、当然に「有」でもなく、「無」でもないものであります。

17 また、大震災天罰論には、この度の厄災をとにかく誰かの責めにして解決満足、決着させたいということもあるのでしょう。自然の責めや神仏の責めにはできない、であれば人間の責めにしよう、ということでの罰が下ったのだという意もあるのでしょう。

18 とにかく、今回の大震災を誰かの責めにしたいのであれば、空・縁起なることを認めれずに色々と誤って実体視して、とらわれを起こし、煩悩を抱え、迷い苦しみ不満に陥ってしまっている己自身を責めることの方が最も重要なことでありますでしょう。

19 少し大震災天罰論につきましてコメントをさせて頂きましたが、本来は、「災」や「厄」という文字は使うべきではないのでしょう。「災」や「厄」を使うと、人間の恣意的思惟分別によって固定された価値判断に陥ってしまう恐れがあるからです。

20 16において『神仏も空・縁起においてでのありようであり、当然に「有」でもなく、「無」でもないものであります。』と述べさせて頂きましたが、決して「神仏は無いと言っているわけではない」ので、誤解のないように宜しくお願い申し上げます。

21 また、大地震天罰論では、過去のありようを美化しようとするバイアスもかかってしまっているのではないかと推察致します。大自然・神仏への畏敬の念、崇拝の念が昔より少ない、昔より人間は傲慢になってしまった、といった主張であります。

22 昔も今も人間の愚かさ、無明を抱えているありようはそうは変わっておらず、そのような中で、過去と比べて大自然・神仏への畏敬・崇拝の念の大小、人間の傲慢さの大小を述べてもあまり意味のないことであると考えております。

23 つまり、過去は良かったのに論などで、猛省を促すのではなく、もっと私たちは根本的な無知、無明を抱えているがゆえにいつまでも迷い苦しんでいるのだ、という視点からも、現実的にとらえていかなければならないことがあると考えております。

24 大地震天罰論に関しましての私見の追記(19-23)を末木文美士先生のブログのコメント欄にも追記させて頂きました。 http://bunmao.cocolog-nifty.com/blog/ @bunmao

25 大地震天罰論に関しましての私見(12-23)を述べさせて頂いて参りましたが、その内容において、時間論の扱いや、非有・非無に関しての中観帰謬論証派の立場からの補足などについて、また後にも考察して参りたいと存じます。

26 次のダライ・ラマ法王猊下のお言葉については、二諦に関しての重要な視座を有している。・・先日の米・USC講演から・・「人は祈るだけでは幸福になれない。この幸せな人生というのは宗教的な概念ではない。幸福は世俗的な概念だ。..(続) 

27 ..だから、私の〔この話の〕目的は世俗的なものである」・「私は仏教徒だ。私は仏法を尊んでいる。しかし、私はいつも世俗について語っている。」(訳参照・石濱裕美子氏)・・法王猊下は、常に二諦を明確に意識して語られています。

28 もちろん、二諦とは、世俗諦と勝義諦のことであります。仏教者が仏法を扱うときには、語り手も聞き手も常に二諦を意識しておく必要があります。二諦の理解レベルの差異により、一つのコトバでも大きく解釈に相違が生じることがあるからであります。

29 この度の大震災に関して、例えばダライ・ラマ法王猊下のようなレベルの高いラマが語られたこと、あるいはこれからも語られることは、その対象が世俗一般人であれば、やはり世俗的なレベルに合わせて語られているということになります。

30 ですから、4/29に法王猊下が語られたことも、まずは世俗諦的なこととしての理解が必要となります。それでは、猊下は、勝義諦的なことを語られることはあるのか・・厳密には語られることは無いと言えます。つまり、「勝義無」であります。

31 確かに厳密には、勝義無でありますが、勝義諦を指向するところにおける世俗(言説)有なる言語表現までは否定されることではないと考えます。しかし、その場合にも、二諦の了解レベルの差異による理解の差異は生じてしまうでしょう。

32 世俗(言説)有の扱いに関しては、ツォンカパ論師の捉えている「正理の理解」も必要となってくるところでありますでしょう。この浅学非才の未熟者、まだまだでございまして、大変に申し訳なく存じております。

33 何とか、法王猊下の勝義諦を指向なされるところの世俗(言説)有の展開に関して、二諦を意識しつつ、少しでも理解が進みますように、これからも精進努力して行かなければならないと存じております。

34 ただ、もちろん、勝義無とはいえども、単なる無分別知、戯論寂滅が、果たして最高真理であると言えるのか、最高真理として扱うべきであるのかどうかについては、まだまだ十分な考察が必要であると考えております。・・続く予定。

【大震災・空と縁起と】1-11
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52002925.html

・・

【小池龍之介師 宗派離脱・単立寺院化】ツイッターコメント投稿・1-22
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52003212.html

・・

【4.29 ダライ・ラマ法王・震災特別慰霊法要・報告集】
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52002104.html

・・

東日本大震災・被災地にて震災犠牲者追悼慰霊御供養のご報告
(往生院だより・第68号寄稿文)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51854274.html

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被災地入り・ご報告・1-55
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51999166.html

・・

改めまして、この度の大地震にて被災されました皆様方には心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方のご冥福を心からお祈り申し上げます。これから、私にできる支援、協力を考えて、実践致したく存じております。川口英俊拝

3/11・東日本大地震発生時より#buddhajihiのハッシュタグを利用して収集させて頂いて参りました「仏教・寺院・僧侶による支援の情報」の全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

http://twilog.org/hide1125/hashtags-buddhajihi

http://twilog.org/hide1125

・・

他、これまでの考察シリーズは下記をご参照下さいませ。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives


   





カレンダ
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