「基体説」論考3






2010年11月18日(Thu)
「基体説」論考3
「基体説」論考3

如来蔵・仏性思想において、最も重大な問題は、「実体的な存在」を是認しているのかどうかということでありますが、残念ながら、これまでの私なりに進めて参りました仏教論考考察の結果として、松本史朗氏の「基体説」によって明確に説明されるように「実体的な存在」を是認していると言わざるを得ないものと考えることができ、松本史朗氏の「如来蔵(仏性)思想は仏教にあらず」という見解は追認するべきであると言えます。

これまで、考察の俎上に何度も挙げて参りました「基体説」とは、『存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」』というものであります。仏教が、上記のような「基体」を想定・仮定・仮説し、「現実肯定の理論」へと転落して、非仏教化していく経緯の中においては、様々に「最終的基体」(dhātu)に関しての表現が成されて説明されていることが伺えます。

今までの私なりの仏教論考考察から思いつくままにそれらの例をまずは挙げてみましょう。中には、意外と思われる単語も含まれているかも知れませんが、「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いものとしてご理解を頂けましたらと存じます。

「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いと考えられる単語

最終的基体・究極的真理・諸法の基体・万物の根源

単一実在論・一元論的我論・発生論的一元論・絶対的一元論・超越的一元論・神秘的同一論

無執着・無所有・無所得・無処住・無所住・無基体

無区別・無分別・不二・離辺・断辺・八不中道・不生不滅・非有非無・百非・絶無

無明即明・煩悩即菩提・生死即涅槃・世俗諦即勝義諦

言忘慮絶・言語道断・絶言絶思・無念無想・無戯論・戯論寂滅・不思不観・無名・無記・不可知主義・反知的神秘主義・神秘的不可説

無基体の基体・無基底の基底・無限の無・無立場の立場・絶対無・絶対的絶対

真理・真如・涅槃・虚空・虚無・空寂・法性・法界・法身・実際・実義・一実・一如・一相・平等・無相・法位・無為・真諦・真性・実諦・実際・如実・実相・自性清浄

もう少し厳密に分析していかなければなりませんし、明確に分類したわけではありませんが、以上のような単語を挙げることができるのではないかと考えています。

さて、それでは「基体説」のもたらす弊害とはどのようなものとなるのでしょうか。次に少し考えて参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考2

今回は、「如来蔵・仏性思想」の根本的な問題について考えて参りたいと存じます。

この問題については、下記の論考が非常に参考となるものであります。

「如来蔵・仏性思想の問題点」
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar3.pdf

少し参考までに本文を見て参りましょう。

如来蔵・仏性思想を説く経典としては、『如来蔵経』『勝鬘経』『大乗涅槃経』『楞伽経』などがあり、論としては『宝性論』(Sthiramati ?)『仏性論』(世親 Vasubandhu)『大乗起信論』(馬鳴 ASvaghoXa ?)『摂大乗論』(無著 AsaGga)などがある。

その他、法華経、華厳経、大日経、金剛頂経、理趣経など、中期・後期大乗仏教の主要教典においても如来蔵・仏性思想の影響が色濃く反映されている内容となっていると言えます。

如来蔵思想・仏性思想とは何か

衆生のうちには、仏・如来、あるいは仏と違わない本来清らかな心(自性清浄心)が宿っており、客塵煩悩(āgantuka kleśa)によって覆われているが、その覆いを取り去ることによって成仏が可能となる、という思想。

如来蔵・仏性思想は異端か

仏教は無我説、すなわち、唯一の根源的実在を認めない。しかるに、"dhātu"なる語は、根源的実在・諸法の発生根拠という意味をもち、そのようなものを認めることは無我説に反する。また、如来蔵思想とウパニシャッド哲学との類似性が指摘されている。ウパニシャッド(ベーダーンタ)とは、釈尊が批判した対象に他ならないから、これが反仏教思想であることが結論される。

如来蔵・仏性思想は平等思想か

大乗涅槃経にある「一切衆生悉有仏性」を単純に「一切の衆生は成仏の可能性が有る」とか、平等思想の宣言だとみなしてはならない。この文言の後には必ず、「一闡堤(いっせんだい、icchantika)を除く 」という語が付加されていて、「一闡堤」と呼ばれるある種の人々は、永久に仏に成ることができない、という差別的な立場が明記されているからである。

・・参照ここまで。

上記に見ましたように、如来蔵・仏性思想の大きな問題点として、一つには、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立する「根源的実在」を認める考えとなってしまうということ、もう一つは、「差別思想」であるということの二点を挙げることができます。

後者の「差別思想」に関しては、また機会を得て考察していくこととして、ここでは如来蔵・仏性を「根源的実在」として認める考えの弊害について、次回は扱って参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1

前回は、『「場所の哲学」と仏教』ということについて述べさせて頂きまして、今回は、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を松本史郎氏提唱の「基体説」を視座として、「基体説」の内実、または『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の内実とは、いったいどのようなものであるのかにつきまして考えて参りたいと存じます。

「基体説」・『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』の基本的な考え方は端的に申しますと、存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」であります。

存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理を説明していこうとする考え方は、宗教と哲学の両者共の至上命題である「真理の探究」の趣旨に適うことであります。

しかし、「真理の探究」において「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」というものを想定・仮定・仮説してしまうことは、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立することになるはずであります。ところが、長い仏教史上において、特に「空」・「無我」の概念から大きく逸脱していく教説が展開されてゆくこととなってしまいます。それが、いわゆる「如来蔵・仏性思想」というものであります。

「如来蔵・仏性思想」に関しましては、拙著施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の第九章「仏性思想・如来蔵思想について」におきましてある程度詳しく述べさせて頂いておりますので参照して頂ければと存じます。

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html

第九章「仏性思想・如来蔵思想について」
http://oujyouin.com/enginorikai9.html

そこで、今一度、「如来蔵」・「仏性」というものは、果たしてどのようなものであるのかということを理解していければと考えています。もしも、「如来蔵」・「仏性」というものを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるとして認めるならば、「空」・「無我」の概念からは説明がつかなくなってしまいます。かといって、認めないならば、どうして「如来蔵」・「仏性」というような概念が出てきてしまったのか、ということを考えていかなければなりません。このことについては、上記の「仏性思想・如来蔵思想について」の考察の中でも少し触れていることではありますが、次にもう少し詳しく扱って参りたいと存じます。

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾


   





カレンダ
2010年11月
 
18
       

アーカイブ
2008年 (187)
5月 (17)
6月 (30)
7月 (32)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (20)
11月 (3)
12月 (24)
2009年 (175)
1月 (26)
2月 (20)
3月 (20)
4月 (8)
5月 (18)
6月 (4)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (27)
10月 (23)
11月 (2)
12月 (1)
2010年 (62)
1月 (8)
2月 (3)
3月 (3)
4月 (1)
5月 (4)
6月 (7)
7月 (6)
8月 (1)
9月 (13)
10月 (8)
11月 (6)
12月 (2)
2011年 (49)
1月 (7)
2月 (4)
3月 (4)
4月 (4)
5月 (5)
6月 (6)
7月 (2)
8月 (4)
9月 (3)
10月 (3)
11月 (5)
12月 (2)
2012年 (39)
1月 (4)
2月 (8)
3月 (1)
4月 (2)
5月 (1)
6月 (1)
7月 (2)
8月 (2)
9月 (4)
10月 (2)
11月 (7)
12月 (5)
2013年 (25)
1月 (3)
2月 (2)
3月 (1)
4月 (1)
5月 (5)
6月 (1)
7月 (2)
8月 (4)
9月 (2)
10月 (1)
11月 (2)
12月 (1)
2014年 (44)
1月 (3)
2月 (3)
3月 (2)
4月 (5)
5月 (4)
6月 (11)
7月 (4)
8月 (3)
9月 (3)
10月 (1)
11月 (3)
12月 (2)
2015年 (59)
1月 (1)
2月 (2)
3月 (5)
4月 (8)
5月 (6)
6月 (3)
7月 (7)
8月 (11)
9月 (4)
10月 (3)
11月 (5)
12月 (4)
2016年 (34)
1月 (3)
2月 (3)
3月 (5)
4月 (1)
5月 (1)
6月 (4)
7月 (3)
8月 (3)
9月 (5)
10月 (1)
11月 (4)
12月 (1)
2017年 (11)
1月 (4)
2月 (2)
3月 (2)
4月 (1)
5月 (2)

アクセスカウンタ
今日:493
昨日:678
累計:762,633