「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6






2010年10月09日(Sat)
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6

さて、今回は、「サムイェーの宗論」につきまして、少し考えて参りたいと存じます。「サムイェーの宗論」とは、チベット・サムイェー寺において展開された中国の禅師・摩訶衍論師とインドの中観思想家・カマラシーラ論師との論争のことであります。

松本氏の論著におきましては、「サムイェーの宗論」への言及が随所に見受けられますように、如来蔵思想の問題を考える上で、「サムイェーの宗論」は、重要な内容を持っており、中観思想と如来蔵思想の激突として、チベット仏教史上における一大宗教論争として重大な事件でありました。

摩訶衍論師は、中国禅宗の北宗派(神秀禅師を開祖とする派)の流れを汲む系統と位置づけられていますが、北宗派を激しく非難した神会禅師(南宗派・六祖慧能禅師の弟子)の弟子であったともされ、北宗派の段階的に悟りを進める「漸悟禅」を主張する立場であったのか、それとも、南宗派の悟りへの段階を認めずに悟りへの境地を目指す「頓悟禅」を主張する立場であったのか、定かではないところがありますが、「サムイェーの宗論」においては、「頓悟禅」の立場を主張したとされています。

一方のカマラシーラ論師は、インド・ナーランダ僧院の高僧・シャーンタラクシタ論師の弟子であり、思想的立場は、「瑜伽行中観自立論証派」と位置づけられています。「瑜伽行中観自立論証派」は、唯識思想と中観思想とが思想的に統合して発展した派で、空の思想を基底に置きつつ、(一応、仮として認める)心(識)の作用を、悟りへと向けていかにして調えていくべきであるのかについて考えていく立場であります。

「サムイェーの宗論」の大きな論点としましては、松本氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考と致しますと、「無分別知」(般若の智慧)ということをめぐり、摩訶衍論師は、「不思不観」・「無念無想」による「無分別知」への即座の到達を主張し、カマラシーラ論師は、「正しい分別知」・「正しい個別観察」によって、段階的に「無分別知」への到達を目指すべきであると主張したということが挙げられるのではないかと存じます。

少しまとめますと、摩訶衍論師の主張と致しましては、「不思不観」・「無念無想」→「無分別知」という流れとなり、カマラシーラ論師の主張と致しましては、「正しい分別知」・「正しい個別観察」→「無分別知」という流れで、更に、「無分別知」→「空性の洞察」が必要であるとして、段階的な知の階梯を主張します。

結果的には、摩訶衍論師の主張は退けられ、以後、チベット仏教においては、中観思想派の流れが優位となっていくわけですが、重要なことは、「サムイェーの宗論」において完全に如来蔵思想の問題が払拭したというわけではなく、厳密に中観思想と如来蔵思想の激突と言えたのかどうかということについても疑問の余地が残ってしまったところがあります。

次回も引き続きまして、「サムイェーの宗論」の意義に関しまして考えて参りたいと存じます。

※現在進めております如来蔵思想(仏性思想)関連の考察は、あくまでも中観思想(帰謬論証派)の立場をいったん脇によけておいてのものでありまして、その点はあしからずにご了承の程を宜しくお願い申し上げます。

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「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5

さて、今回は更に「仏性内在論」と「仏性顕在論」における問題点について考えて参りたいと存じます。

松本氏は、禅思想の本質をなす基本的論理には、人間の思考を一切の迷妄と苦しみの根源として根源悪と見なし、「思考の停止」を迷妄と苦の消滅の因として説くという考え方があると述べられています。

では、どうして人間の思考が、一切の迷妄と苦しみの根源であるという考え方が生じるのかということに関して、如来蔵(仏性)思想の「仏性内在論」と「仏性顕在論」における、迷いの方向と悟りの方向について松本氏が非常に興味深い考察をされておられます。

まず、「仏性内在論」において、「人から諸法へ」という迷いの方向性があるということについてでございます。もともと人に内在している仏性から、それ以外の諸法(モノ・コト、事象・現象)というものは、煩悩(妄想・妄心・妄念・執着)の対象、あるいは原因となっているという捉え方があるというものです。

そのため、仏性以外の一切は、迷い苦しみをもたらす原因であるとして、思考というものもその中に包摂されてしまうことになります。この考え方には、思考・思慮・思念、言語活動・コトバの世界、分別・戯論というものは「悪」であり、不思不観・無念無想、言語道断、無分別・離戯論は「善」という捉え方が控えており、そのため、修行においても後者を目指して取り組むことへと繋がってゆくこととなってしまいます。

次に、「仏性顕在論」は、「諸法から人へ」という悟りの方向性があるということについてでございますが、この場合、煩悩(妄想・妄心・妄念・執着)を持ってしまって迷い苦しんでしまっている人から、既に仏性として顕現している諸法(現象的な個々の事物)に悟りを求めるべきであるという考え方となります。

つまり、迷い苦しみにある人が、既に悟っている諸法(現象的な個々の事物)へ悟りのあり方を目指していくということとなり、そのため、人間と諸法(現象的な個々の事物)との違いを考えますと、やはり人間活動における思考・思慮・思念、言語活動・コトバの世界、分別・戯論は、悟りの妨げとして、「悪」と見なされ、不思不観・無念無想、言語道断、無分別・離戯論は「善」という図式が成り立つことになるわけであります。

このように、「思考の停止」というものを目指すことが、やがて仏教の目指すべき最高の目的となってゆくと、基本的な仏教の教説(四法印、四聖諦、縁起・空の考え方、慈悲行、利他行、六波羅蜜行など)さえもが、簡単に破壊されていくという弊害が生じることにも繋がっていってしまいます。また、この「思考の停止」を目指すという考え方が起こった背後には、更に「無分別知」こそが、最高の境地、悟りの知であるという誤った概念が当時の仏教界において蔓延していたことも大きな要因として考えられています。

この「思考の停止」・「無分別知」を目指すという誤った考え方は、長らく仏教思想史上において強力な勢力を占めることとなってしまうわけですが、その見直し、是正を目指す動きが起こったのは、インドでも、また、中国でもなく、チベットの地において、「サムイェーの宗論」という、一大宗教論争が端緒となって現れることとなります。いわゆる、「如来蔵思想 VS 中観思想」でありますが、しかし、ここで完全に決着が付いたというわけではなく、その後においても議論は展開されてゆくこととなります。

※現在進めております如来蔵思想(仏性思想)関連の考察は、あくまでも中観思想(帰謬論証派)の立場をいったん脇によけておいてのものでありまして、その点はあしからずにご了承の程を宜しくお願い申し上げます。

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余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

集中的に再読していく論著集

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

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