「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・3






2010年09月30日(Thu)
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・3
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・3

さて、引き続きまして、「道元思想論」の内容に関しまして、著者の松本史朗氏は、論著の中で、如来蔵思想を「仏性内在論」と「仏性顕在論」との二つの定義を仮説されました。

では、「仏性内在論」と「仏性顕在論」、それぞれ一体、何が問題となっているのかにつきまして、今回は考えて参りたいと存じます。

まず、そもそも如来蔵思想(仏性思想)の抱えている最大の問題は、「如来蔵・仏性」(仏となる性質・本質・本性)というものの扱いにおいて、それらを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」として立論してしまう懸念であります。

松本氏の根本的な視座は、「如来蔵思想(仏性思想)は、基体説である」として、その「基体説」から展開されている様々な仏教における教説を批判・否定されているところにあります。

基体説とは、究極的な真理としての基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源など本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」であります。

そして、仏教の目指す涅槃へ向けて、上記のような基体としての「仏性」というものを証・覚・悟することに精進努力することが仏道修行となります。また、その基体としての「仏性」をどのようにして顕現させるべきかという考え方ついて、「仏性内在論」と「仏性顕在論」においての相違があります。

「仏性内在論」は、私たちは、それぞれにおいて「仏性」というものを本来持っているものとし、その「仏性」を覆い隠してしまっている「煩悩(妄想・妄心・妄念・執着)」によって、迷い苦しみを輪廻してしまうため、その「煩悩」を取り除き、もともと持っている「仏性」を顕現させることによって、輪廻からの解脱を図り、涅槃へと至ろうという考え方であります。

「仏性顕在論」は、あらゆる事物・事象・現象そのものが、「仏性」の顕現であるとして、そのままで顕在している「仏性」が「仏性」として顕現していることを証・覚・悟することによって、涅槃へと至ろうという考え方であります。

「仏性内在論」は、「仏性」と「煩悩」という二元論を扱います。簡単には、「きれい」と「きたない」と言えます。「きたない」に覆われて隠された「きれい」を「きたない」から取り除くことが大切となりますが、「仏性内在論」においては、そもそも相反するもの同士が混在していること自体に矛盾があり、また、「仏性」は「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるが、「煩悩」は、そうではなく、取り除くことができるもの、滅することができるものということでは、ご都合主義も良いところとなってしまいます。

また、「無常なるものは苦である」という仏教の基本的な考え方からすれば、「仏性」は「常」で、「煩悩」は「無常」となります。「煩悩」は「常」ではなく、なぜに「無常」であると説明するのかというのは、もしも「無常」でなければ、取り除くこと、滅することもできないこととなってしまうからであります。そして、「無常・苦」なるものを「悪」とすれば、「仏性=善」、「煩悩=悪」という図式として、「煩悩=悪」なるものを徹底的に排除していくということになります。

そうすると、常ではない無常なるものは迷い・苦しみをもたらす悪なるものだから無くせば良いとして、無常なるものは何かと、身体(肉体)・心(思慮・思考・概念・分別)だと、あれもこれもと徹底的に排除していくべきものを挙げていき、その結果として、身体(肉体)を極端にいじめ、更に心も極端にいじめてゆく修行へと至っていってしまったりする例が、重傷・瀕死となるような「難苦行」であったり、または、禅定における「不思不観・無念無想」であります。更に極端な例は、身体も心も無常は無常なるもので、なかなかどうにもならない、ならば、身体も心も捨ててしまえば、無常なるものは無くなるとして、「死ねば良い」という考えに至ることにもなってしまいかねません。あるいは、いずれ死ねば、自然と「仏性」が顕現してくれるだろう、「仏性」がもともとあるのであれば、「別に何もしなくても良い」・「好き勝手にしていれば良い」ということで、修行不要論・仏教不要論といった弊害も生み出してしまう危惧も控えています。これは、「仏性顕在論」においても言えることとなりますが、「仏性内在論」は基本的には、修行必要論を扱い、涅槃へ向けて、「仏性」を覆い隠してしまっているものを取り除こうとしていくことを目指していきます。

では、次に「仏性顕在論」における問題点につきまして考えて参りたいと存じます。

※現在進めております如来蔵思想(仏性思想)関連の考察は、あくまでも中観思想(帰謬論証派)の立場をいったん脇によけておいてのものでありまして、その点はあしからずにご了承の程を宜しくお願い申し上げます。

・・

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・2

前回に引き続きまして、「道元思想論」の内容に関しまして考えて参りたいと存じます。

道元禅師の思想変容についての論考の中で、松本史朗氏は、如来蔵思想に関しまして、二つの定義を明らかにされます。

如来蔵思想(仏性思想)

仏性内在論・・仏性は、人間存在、特にその肉体の中に存在しているとする考え方。(心身)二元論の立場。

仏性顕在論・・現象的な個々の事物に仏性が全面的に現れている。現象的事物そのものを仏性と見る考え方。絶対的一元論の立場。

如来蔵思想(仏性思想)は、インドにおけるヒンドゥー教の「梵我一如」思想を起源として、その考えを仏教が取り入れていくことによって発展していった思想と考えられています。

「梵我一如」思想とは、「梵《ぼん》(ブラフマン・宇宙を支配する原理)」と「我(アートマン・個人を支配する原理)」が同一であること、また、これらが同一であることを悟ることにより、永遠の至福に到達しようとする思想であります。

しかし、如来蔵思想(仏性思想)は、仏教の基本法理としてある「諸法無我」や「空の思想」・「中観思想」との矛盾が指摘され、現代においても議論が展開されるところであります。

簡単に述べさせて頂きますと、(空・縁起の理解によって)一切の存在・現象においては、絶対的存在、超絶的・超越的存在、究極的存在は、見当たらないとして、それらを無実体・無自性・無自相視する立場と、絶対的存在、超絶的・超越的存在、究極的存在は、あるのだとして、それらを実体・自性・自相視するという立場との見解の相違であります。

如来蔵思想(仏性思想)は、明らかに後者の立場にあるとして、前者の立場からは、そのようなものは認めないとして批判されるわけであります。

私の如来蔵思想(仏性思想)に関しての見解につきましては、拙著・施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の「第九章 仏性思想・如来蔵思想について」、第十三章 現代日本仏教の抱える課題について」におきまして、ある程度扱わせて頂いておりますので、ここでは改めては述べませんが、松本氏は、「道元思想論」において、如来蔵思想(仏性思想)を批判する立場として、道元禅師の思想変容について論じられているのであります。

また、如来蔵思想(仏性思想)の展開においては、インドにおいて仏性内在論であったものが、中国における老荘思想の影響を受けて、仏性顕在論へとその性質を変え、仏性内在論・仏性顕在論が混在した思想が、日本へと随時に流入し、影響を及ぼす中で、日本の仏教思想の展開があるということを考える上でも非常に興味深いところがあります。

では、そもそも仏性内在論、仏性顕在論共に何が問題であるのかについて、次回は確認していこうと存じます。

・・

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769786.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

集中的に再読していく論著集

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html


   





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