「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して






2010年09月27日(Mon)
「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して
さて、前回の余談の続きとなりますが、「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」に続きまして、「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」もざっと一読させて頂きました。



「道元思想論」の感想と致しましては、松本氏が提唱されました曹洞宗の批判宗学の意義、曹洞宗の開祖・道元禅師の思想変容に関しての興味深い内容を知見できたことと共に、更に、「如来蔵思想・仏性思想・本覚思想」の問題点につきましても改めまして考察を深めることができたように存じます。

まず、批判宗学につきましては、松本氏の提唱によりますと、

批判宗学とは何か。
1.「いかなる対象も絶対視・神秘化することなく。絶えず自己自身を否定しつつ、宗門の正しい教義を探求すること」
2.「いかなる対象」とは
”いかなる人物(宗祖)、テキスト(宗典、経典)、行(坐禅)、教義(縁起説)等”を意味する。
3.従って、批判宗学は、密教の否定である。
4.批判宗学は、宗祖無謬説に立たない。一切のguru(師)崇拝を排除する。
5.道元の思想的変化を認め、道元が目指そうとしたもの(正しい仏教)を、目指す。
6.批判宗学自身の見解は、縁起説であり、行は、縁起説にもとづく誓度一切衆生(自未得度先度他)の行である。
7.批判宗学は、本質的に、社会的(「誓度一切衆生」)でなければならない。
8.曹洞宗は、『弁道話』の見解と行、即ち、如来蔵思想(「仏性顕在論」)と、神秘的密教的坐禅(「一寸坐れば、一寸の仏」)を捨て、後期道元のものと思われる「深信因果」(縁起説)と「誓度一切衆生之坐禅」にまで、進むべきものと思われる。

とあります。主に宗祖・宗典・経典・教義・修行内容の絶対視・神秘化の排除、密教の否定、無批判的に宗祖無謬説には立たず、一切の祖師崇拝の排除(根拠のない盲目的信仰・崇拝の排除)を目的とし、曹洞宗においては、道元の思想的変容を認め、(如来蔵思想(「仏性顕在論」)・神秘的密教的坐禅から)、道元が目指そうとした(正しい仏教)〔「深信因果」(縁起説)と「誓度一切衆生之坐禅」〕を目指すこと、批判宗学自身の見解は、縁起説であり、縁起説にもとづく修行(仏道行)を目指すこと、また慈悲・利他(輪廻に迷い苦しむあまたの衆生を救おうとする精神)を目指し、社会との関わりを展開していくこととして、批判宗学は、社会的(「誓度一切衆生」)なるものでなければならないことなど、非常に興味深い内容があります。

この批判宗学については、当時、宗学内外において、賛否両論入り乱れ、大きな議論の渦を巻き起こしたことが想像できます。なぜならば、曹洞宗においては、宗派教義・教説の根底に関わることを扱っているため、下手に扱うと、宗派そのものを崩壊させかねない危険性があるからであります。更には、松本氏の論考姿勢である如来蔵思想批判の内容から鑑みますと、特に曹洞宗に限らず、広く大乗仏教の各宗派においても、批判宗学は適用される可能性は十分に高いからであります。現代仏教各宗派にとっても「対岸の火事」というわけにはいかないということであります。

そのため、ある意味で、伝統教学を護る護宗的立場の者たちからは、批判宗学に対しての批判も多く噴出したのは確かであります。

しかし、基本的な松本氏の批判宗学の意図しようとしている姿勢につきましては、私自身、かつて仏教に対しての無知さ、無批判さ、認識の甘さによる反省から、おおむねで認めるところでございます。

さて、批判宗学の批判の一つに、批判宗学自身が、提唱第六で「縁起説」を絶対視化しようしているのではないか、それは偏見であり、提唱第一・提唱第二と矛盾するのではないかという、「批判宗学」批判があります。(現に提唱第二において、提唱第一の対象として「教義(縁起説)」も挙げられていることから)

この点に関して、私見を述べさせて頂くならば、松本氏の真なる意図は分からないところがありますが、提唱第二における「縁起説」と提唱第六における「縁起説」の真なるところの意味合いは大きく異なっているものではないだろうかと考えています。非常にその差異を表現するのは難しく思いますが、後者の「縁起説」は、「無実体・無自性・無自相的縁起説」と言えるのではないかと考えます。

もう少し分かりやすく申しますと、前者の縁起説は、「惑・業・苦の業感縁起説、十二支縁起説など、いわゆる時間的・空間的縁起、因果関係的な縁起説」のことを意図し、後者は、「無実体・無自性・無自相としての縁起説、論理的な縁起説、中観思想、特に中観帰謬論証派(ツォンカパ論師の中観思想)が捉えようとするところの縁起説」と言えるのではないかと考えています。

ただ、このあたりのところはやはり非常に難しい差異が控えているような気もしておりますので、ツォンカパ論師の中観思想の学びの進捗とも関わってくるところでもあり、更に今後考察してべき課題として、今はまだこの見解につきましては、結論を保留させて頂こうかと思っております。

少し「ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義」に関しましての考察は小休止させて頂きまして、引き続きまして、「道元思想論」の内容に関しまして考えて参りたいと存じます。

・・

少し余談となりますが、長い間、購入してからそのまま本棚に並んでおりました「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を松本氏の「チベット仏教哲学」の再々再読を進めていく中で、少し読んでおきたくなり、ざっとでありますが、初めて一読致しました。

松本氏の「如来蔵思想批判」の各論考は、現代仏教を再構築する上でも、欠かせない重要な内容が扱われていると考えております。大乗仏教思想の展開において、「如来蔵思想・仏性思想・本覚思想」のもたらしてきた弊害の甚大さ、深刻さは計り知れないものがある一端が伺えます。仏教の原点回帰へ向けての困難さの解決は、いかにして「如来蔵思想・仏性思想・本覚思想」を現代仏教から完全に払拭させうるかどうかに懸かっていると言っても過言ではありません。

私は、如来蔵思想・仏性思想・本覚思想を現代仏教から完全に払拭させるヒントの一つが、ツォンカパ論師の中観思想の学びにあると至ったのは、ここ一年ほどのことであります。既に十年近く仏教に携わっていながらも、それまでは、一体、何が仏教批判の問題なのかさえも理解できていませんでした。

現代仏教の抱えている問題に関して、初期仏教から学び直しを一から進めていく中で、多くの疑問が生じ、その都度に私なりに段階を経て考察を深めていくことができ、そして、今の仏教理解に至ってくることができてきた次第であります。

もちろん、まだまだ浅学非才の未熟者ゆえに、至らぬところも多々あり、猛省することばかりであります。

お寺の跡継ぎという立場に生まれ育った私が本格的に仏教の世界と向き合うようになったのは、臨済宗の禅専門道場に入る機会を得たところでありました。良くもあり、悪くもあるその世界(禅専門道場)を垣間見ることができ、そこで仏教に対して、様々な疑念が生じたものの、私自身、当時は仏教について無知であり、修行もそれほど長く取り組むつもりもなく、少なくとも最低でも三年、長くて十年は修行をしないと一人前とは見なされないその世界ではあまり褒められるような立場でもなく、実際、二年にも至らない期間で終えたため、その疑念をどうにかしようとすること自体がおこがましいことであるとして、無批判的に、あまり考えずにいたままでしたが、やがて、実家に戻り、その後はお寺のことに主に従事していく中において、もう少し仏教としっかりと向き合わないといけないという気持ちが高まりだし、改めて修行時代からの疑念も深まりつつあったため、まずは仏教思想について一から学んでいこうと決心するに至り、ここまでおおよそ四年ほどが経ったわけであります。

そして、本日にふと「禅思想の批判的研究」をさらっとでありますが、たまたま一読する気となり、その中における松本氏の見解の一つに、『結論として言えば、臨済の基本思想は、仏教の無我説とは矛盾する"アートマン論"であると考えられる。』(第三章 臨済の基本思想について p387)との記述、その結論に至る論考も読むうちに、私が長年に抱いていた疑念の一つの理由が改めて確認できたように思います。

長い間、「禅思想の批判的研究」を本棚に放置してしまっていたのは、恐らく少なからずも私が修行をし、関わってきた「臨済宗」について批判的な見解が載っているであろうことは、ある程度予測ができていたからであります。それを目の当たりにすることにいささかの躊躇があったのは事実であります。なぜならば、拙いまでも私なりにはそれなりに色々と苦闘した修行の日々が否定されてしまうのが怖かったからでもありますでしょう・・

もしも、まだ仏教の学びが拙い時期にこの本を読んでいれば、私は、かなりのショックを受けて、自己嫌悪に陥っていたかもしれません。一体、あの苦闘の時期は何だったのだろうか、そもそも修行は正しかったのだろうか・・と・・ややもすれば、無駄であったと後悔することになっていたかもしれません・・

しかし、今は仏教の学びがある程度進んできていたため、まあ、そんなものであろうと、すんなりと受け入れることができたところがあります。もちろん、だからといっても、臨済宗を完全に否定したりするわけではありませんが、長い仏教思想の変容過程の中で、やむを得ずにそうなってしまったという仕方のない側面もあるのも事実ですし、また、逆に、当時の自らの無知さ、無批判さ、認識の甘さを恥じることもできたように存じます。

とにかく、何が仏教批判の問題であるのかが、今はしっかりと認識できてきているため、これからの学びの進めにおいて、更に問題の解決を自分なりに探し出していくために尚一層に精進していかなければならないと存じております。

・・

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

集中的に再読していく論著集

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html


   





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